【故事成語】
驥を睎うの馬も亦驥の乗なり
【読み方】
きをこいねがうのうまもまたきのじょうなり
【意味】
優れた人物を慕い、その人に近づこうと努める者は、まだ同じ力量に達していなくても、すでにその人物と同じ道を歩む仲間だということ。


「驥を睎うの馬も亦驥の乗なり」の故事
この故事成語は、前漢の思想家・揚雄が著した『揚子法言(ようしほうげん)』(成立年代未詳)の「学行」の篇に出てきます。『揚子法言』は『論語』にならい、問答を交えながら、学問や人の生き方を説いた全十三巻の書物です。
「驥(き)」は、一日に千里を走るといわれる優れた馬を指し、転じて、並外れた才能をもつ人物のたとえにもなりました。「睎(こいねが)う」は、遠くから仰ぎ見て、慕い望むことです。
「乗」は、古代の馬車を引く馬の組に関わる言葉です。この一文では、驥と同じ車につながる馬、すなわち、驥と同じ仲間に加わる者という意味を含んでいます。
「学行」の篇では、まず、学ぶ者は君子になることを求めるものであり、求めても届かない人はいるものの、求めないまま君子になった人はいない、という趣旨が述べられています。その直後に、「睎驥之馬、亦驥之乘也」とあります。
これは、名馬の驥を仰ぎ、そのような馬になろうとする馬は、すでに驥と同じ車を引く仲間である、という意味です。まだ驥ほど速く走れなくても、目指す相手を定め、その相手に近づこうとしている時点で、進む方向を同じくしているのです。
続いて、「顔淵を慕う人は、顔淵の仲間である」という同じ形の言葉が置かれています。「顔淵の仲間になるのは簡単なのか」と問われると、揚雄は、顔淵を心から慕い求めるならば、その人はすでに顔淵の仲間である、という趣旨で答えています。
さらに、顔淵が孔子を、正考甫が尹吉甫を、公子奚斯が正考甫を慕った例が挙げられます。そして、慕おうとしないならそれまでですが、本当に慕い求める者がいるなら、だれがその志を妨げられるだろうか、と説いています。
ここで大切なのは、優れた人に憧れただけで、直ちに同じ才能が得られるということではありません。学ぶ相手を定め、その生き方や行いに近づこうとする志が、成長への第一歩になるという教えです。
日本では、『徒然草(つれづれぐさ)』(鎌倉時代末期、吉田兼好著)第八十五段に、同じ考えを受け継ぐ「驥を学ぶは驥の類ひ」という言葉が出てきます。優れた人をまねて学ぶ者は、その行いを重ねることによって、優れた人々の仲間に連なる、という意味です。
このように、「驥を睎うの馬も亦驥の乗なり」は、理想とする人物を遠くから眺めるだけでなく、その人を手本として歩み始めることの尊さを表します。現在も、高い目標を掲げ、優れた人から学ぼうと努力する者を励ます言葉として用いられます。
「驥を睎うの馬も亦驥の乗なり」の使い方




「驥を睎うの馬も亦驥の乗なり」の例文
- 名選手の動きを毎日まねて練習する少年には、驥を睎うの馬も亦驥の乗なりという言葉がよく当てはまる。
- 祖母の丁寧な針仕事をそばで学ぶ孫の姿は、驥を睎うの馬も亦驥の乗なりを思わせる。
- 若い職人は、驥を睎うの馬も亦驥の乗なりを胸に、親方の技を一つずつ身につけた。
- 地域のために働く先輩を手本として活動を始めた彼女は、まさに驥を睎うの馬も亦驥の乗なりである。
- 新任の教師は、驥を睎うの馬も亦驥の乗なりと心に決め、経験豊かな教師の授業から熱心に学んだ。
- 友人の誠実な振る舞いに近づこうと努力することも、驥を睎うの馬も亦驥の乗なりの教えに通じる。
主な参考文献
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・町田三郎「『法言』について」『哲學年報』第34輯、九州大学文学部、1975年。
・揚雄『法言』。
・吉田兼好『徒然草』鎌倉時代末期。























