【故事成語】
魚腹に葬らる
【読み方】
ぎょふくにほうむらる
【意味】
海や川で水死すること。魚の腹の中に葬られるというたとえから、水中で命を落とすことを表す。


【英語】
・go to a watery grave.(水に溺れて死ぬ)
【類義語】
・水屑となる(みくずとなる)
「魚腹に葬らる」の故事
「魚腹」は魚の腹を指し、「葬らる」は「葬られる」という意味の古い言い方です。したがって、文字どおりには「魚の腹の中に葬られる」となり、水中で死んだ人の体が魚のえさになるという厳しい情景を表しています。
この故事成語のもとになったのは、中国古代の詩文集『楚辞(そじ)』に収められた「漁父(ぎょほ)」です。『楚辞』は、戦国時代の楚に起こった韻文を集めた書物で、前漢末に劉向が編集し、後漢の王逸が注釈を加えた『楚辞章句』を通して、後世に伝わりました。「漁父」は古くから屈原に結び付けられてきましたが、その作者については議論があります。
「漁父」では、楚の政治家で詩人の屈原(くつげん)が、国を追われたのち、川辺を歩きながら詩を口ずさんでいます。顔はやつれ、体もひどく衰えていました。その姿を見た漁師が、なぜそのような境遇になったのかと尋ねます。
屈原は、「世の中の人々は皆濁っているが、自分だけは清らかであり、皆が酔っている中で自分だけは目覚めていたため、追放された」と答えます。すると漁師は、世の中が濁っているなら自分も泥をかき混ぜ、皆が酔っているなら酒かすを食べて、世間に合わせて生きればよいではないかと勧めました。
しかし、屈原はその勧めを受け入れませんでした。髪を洗ったばかりの人は冠のほこりを払い、入浴したばかりの人は衣の汚れを振り落とすものだと述べ、清らかな自分の身を世俗の汚れに染めることはできないと答えます。
そして、「寧赴湘流、葬於江魚之腹中」と言い放ちます。これは、むしろ湘江(しょうこう)の流れに身を投じ、川魚の腹の中に葬られるほうがよいという意味です。命を失っても、自分の潔白を世の中の汚れで傷つけたくないという、屈原の固い決意を表しています。
この言葉は、もとの文章では、屈原が自らの生き方を示すために述べた決意の言葉です。ところが、前漢の司馬遷が前91年ごろに完成させた『史記(しき)』の「屈原・賈生列伝」では、「寧赴常流而葬乎江魚腹中耳」という形で取り入れられ、その後、屈原が石を抱いて汨羅(べきら)の川に身を投じ、死んだことが記されています。
こうして、「魚の腹の中に葬られる」という言葉は、潔白を守るために死を選ぶという屈原の決意と、その後の入水の伝承とが重なり、水中で命を落とすことを表す言い回しへとつながりました。現在では、屈原のように信念を守るという意味に限らず、海や川で水死することそのものを表します。
日本語の古い用例は、『太平記(たいへいき)』(14世紀後半成立・南北朝時代、作者不詳)巻二十二の梵舜本(ぼんしゅんぼん)に出てきます。海上で両軍の船が激しく戦う場面に、「よしや死して海底の魚腹に葬せらるる共」とあり、たとえ海中で死んでも、逃げて名を汚すまいとする兵たちの覚悟を表しています。
この古い用例では「魚腹に葬せらる」という形ですが、のちには「魚腹に葬らる」という簡潔な形も定着しました。魚の腹を墓に見立てるという印象の強い比喩を保ちながら、海や川で水死することを表す故事成語として使われています。
「魚腹に葬らる」の使い方




「魚腹に葬らる」の例文
- 激しい嵐で軍船が沈み、多くの兵が魚腹に葬らる。
- 航海の記録には、暴風に遭った乗組員が魚腹に葬らると記されている。
- 水軍の兵士たちは、魚腹に葬らると覚悟しながら敵船へ向かった。
- その歴史小説は、海へ投げ出された武者が魚腹に葬らるという悲しい結末を描いている。
- 救助隊の到着が遅れていれば、遭難者は魚腹に葬らるところだった。
- 船長は、乗客を魚腹に葬らる運命から救うため、最後まで救難信号を送り続けた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・劉向編『楚辞』前漢末。
・王逸『楚辞章句』後漢。
・司馬遷『史記』前91年ごろ。
・『太平記』14世紀後半成立。
・Cambridge University Press & Assessment, “Cambridge Dictionary,” “watery grave.”























