【ことわざ】
薬あればとて毒を好むべからず
【読み方】
くすりあればとてどくをこのむべからず
【意味】
救いがあるからといって、それを当てにして、わざと悪い行いをしてはならないという戒め。


【英語】
・One should not relish taking poison simply because an antidote is at hand.(解毒剤が手元にあるからといって、好んで毒を飲んではならない)
「薬あればとて毒を好むべからず」の語源・由来
「薬あればとて毒を好むべからず」は、鎌倉時代の僧、親鸞の手紙に基づくことわざです。毒を消す薬が用意されていても、わざわざ毒を飲んでよい理由にはならないという、分かりやすいたとえから生まれました。
親鸞が関東の門弟に送った『親鸞聖人御消息(しんらんしょうにんごしょうそく)』第二通には、酒の酔いがさめないうちにさらに酒を勧め、毒が消えないうちに、また毒を勧めるような行いを戒める文章があります。そこでは、「薬あり毒を好め」という考えなど、あってはならないという趣旨が述べられています。
当時、阿弥陀仏(あみだぶつ)の本願(ほんがん)は、悪を犯した者をも救うのだから、わざと悪を行えば往生(おうじょう)できると考える人々がいました。親鸞は、救いの教えを悪事の言い訳に変える、この誤った考えをやめさせるため、薬と毒のたとえを用いました。
この言葉は、のちに『歎異抄(たんにしょう)』(13世紀後半ごろ成立・鎌倉時代後期、唯円著とする説が一般的)の第十三条に取り上げられました。『歎異抄』は、親鸞の没後に成立した全十八条の書物で、前半には親鸞の言葉を記し、後半では門弟たちの間に広まった誤った考えを批判しています。
親鸞の手紙では、「薬あり毒を好め」という考えを退ける文章でしたが、『歎異抄』では、「くすりあればとて、毒をこのむべからず」という、短く引き締まった形で引用されています。「薬がある」という条件と、「毒を好んではならない」という戒めが一つの文にまとまり、覚えやすい言い方になっています。
ただし、このことわざは、失敗した者や悪を犯した者には救いがないという意味ではありません。『歎異抄』は、この言葉の直後に、悪が往生を妨げると説くための言葉ではないと述べています。救いに甘えてわざと悪を行う考えを戒める一方で、自分は善人だから救われると誇る考えも退けています。
「好む」は、毒を誤って口にすることではなく、自分から進んで選ぶことを表します。そのため、このことわざは、うっかり失敗した人を責める言葉ではなく、助けや許しがあることを理由に、故意に悪い行いをする態度を戒めるものです。
後には、宗教上の文脈を越え、助けてもらえるからと責任を怠ったり、損失を補ってもらえるからと危険な行いを続けたりしてはならないという、広い場面にも用いられるようになりました。救いは悪を勧めるものではなく、支えがあることを悪用してはならないという教えが、このことわざの芯にあります。
「薬あればとて毒を好むべからず」の使い方




「薬あればとて毒を好むべからず」の例文
- 先生が直してくれるからと課題をわざと雑に仕上げる態度には、薬あればとて毒を好むべからずという戒めが当てはまる。
- 保険に入っているから危険な運転をしてよいという考えは、薬あればとて毒を好むべからずの教えに背く。
- 謝れば許してもらえると同じ嘘を重ねる弟に、母は薬あればとて毒を好むべからずと諭した。
- 公的な支援を当てにして無謀な経営を続けるのは、薬あればとて毒を好むべからずというものだ。
- 治療法があることを理由に危険な行為を繰り返せば、薬あればとて毒を好むべからずと戒められて当然だ。
- 失敗しても仲間が助けるからと責任を放棄する態度を見て、彼は薬あればとて毒を好むべからずを思い出した。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・教学伝道研究センター編纂『浄土真宗聖典 註釈版 第二版』本願寺出版社、2004年。
・『真宗聖典 第二版』東本願寺出版、2024年。
・親鸞『親鸞聖人御消息』鎌倉時代。
・唯円『歎異抄』13世紀後半ごろ成立。
・Kōshō Yamamoto編『Pacific World, New Series, Number 2』Institute of Buddhist Studies,1986.























