【ことわざ】
口先の裃
【読み方】
くちさきのかみしも
【意味】
言葉遣いだけは丁寧で相手を敬っているように見えるが、実はうわべだけで誠意がないこと。


【英語】
・lip service.(口先だけの敬意や賛同)
【類義語】
・慇懃無礼(いんぎんぶれい)
・口と腹とは違う(くちとはらとはちがう)
「口先の裃」の語源・由来
「口先の裃」は、うわべだけの言葉を表す「口先」と、改まった服装である「裃」とを組み合わせたことわざです。言葉遣いだけは礼服を着たように丁寧でありながら、心には相手を敬う気持ちがないことを、服装にたとえて表しています。
「口先」は、もともと口の先端や唇を指す言葉でしたが、古くから「ものの言い方」という意味にも使われてきました。『新猿楽記(しんさるがくき)』(康平年間〔1058〜1065年〕ごろ成立・平安時代後期、藤原明衡著)には、人の弁舌を表す箇所で、「吻」を「くちさき」と読む例があります。この段階では、必ずしも心のこもらない言葉を指すのではなく、口のきき方や話しぶりそのものを表していました。
その後、「口先」には、心や実際の行動を伴わない、うわべだけの言葉という意味がはっきりと加わります。『三河物語(みかわものがたり)』(1620年代・江戸時代前期、大久保忠教著)には、「左衛門督殿口さきをもって、二度敵になしたると申て」とあり、「口さき」が、実際とは異なることを言葉だけで述べる意味で使われています。現在の「口先だけの約束」や「口先で言いくるめる」に通じる用法です。
一方の「裃」は、「上下」とも書き、上半身に着る肩衣(かたぎぬ)と、下半身にはく袴(はかま)とを組み合わせた衣服です。室町時代の肩衣袴が形式を整えながら武士の服装となり、江戸時代には礼服や公服として広く用いられました。肩衣の形を大きく張り、家紋を付けた裃は、身なりを正して正式な場に臨む姿を強く印象づける服装でした。
裃は、礼儀や格式を目に見える形で表す服装だったため、やがて言動の堅苦しさを表す比喩にもなりました。「裃を着る」は、礼儀正しく改まることや、格式ばった態度を取ることを意味します。明治時代後期の小説『破戒』(明治39年、島崎藤村著)にも、堅苦しく行動することを「裃を着て歩く」と表した例があります。
「口先の裃」では、この裃を実際に体へ着るのではなく、口先だけに着せたものとしてとらえます。つまり、外から聞こえる言葉だけは礼儀正しく整っているものの、その内側にある本心や態度は整っていないということです。「口先」が表すうわべだけの言葉と、「裃」が象徴する改まった礼儀正しさとが結び付き、心の伴わない丁寧な物言いを鋭く言い表す形になっています。
このことわざは、丁寧な言葉遣いそのものを悪いとするものではありません。相手を敬う言葉を使いながら、本心では見下していたり、助ける気もないのに調子よく受け答えをしたりするような、言葉と心の食い違いを戒めています。礼儀は、言葉の形だけでなく、相手を大切に思う心や誠実な行動を伴ってこそ意味をもつという教えにつながることわざです。
「口先の裃」の使い方




「口先の裃」の例文
- 彼は丁寧に協力を申し出たが、何一つ手伝おうとせず、口先の裃にすぎなかった。
- 店員への言葉は礼儀正しくても、見下した態度を取るようでは口先の裃だ。
- 口先の裃と思われないよう、父は謝罪の言葉だけでなく、壊した品の修理にも力を尽くした。
- 住民の意見を尊重すると繰り返しながら話を聞こうとしない責任者は、口先の裃だと批判された。
- 友人を応援すると言いながら、陰では悪口を広める態度は、まさに口先の裃である。
- 口先の裃にならないためには、丁寧な言葉にふさわしい誠実な行動を取らなければならない。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・平凡社編『世界大百科事典 改訂新版』平凡社、2007年。
・藤原明衡『新猿楽記』康平年間ごろ。
・大久保忠教『三河物語』1620年代。
・島崎藤村『破戒』1906年。























