【ことわざ】
苦しい時の神頼み
【読み方】
くるしいときのかみだのみ
【意味】
ふだんは神仏を信じない人が、苦しい状況に陥った時だけ、神仏に祈って助けを求めること。転じて、日頃は疎遠にしている人に、困った時だけ助力を求めること。


【英語】
・Danger past, God forgotten.(危険が去れば、神のことは忘れられる)
【類義語】
・叶わぬ時の神頼み(かなわぬときのかみだのみ)
・切ない時の神頼み(せつないときのかみだのみ)
「苦しい時の神頼み」の語源・由来
「苦しい時の神頼み」は、追い詰められ、自分の力ではどうにもならなくなった人が、それまで信仰していなかった神仏にまで助けを求める姿から生まれたことわざです。その態度を身勝手だと見る皮肉を含む一方、窮地では何かにすがりたくなる人間の弱さを、ある程度やむを得ないものとして受け止める言い方でもあります。
現在の形より先に広く用いられたのは、「せつない時の神頼み」という言い方です。『初音草噺大鑑(はつねぐさはなしおおかがみ)』(1698年・江戸時代前期、寓言子編)には、「息子動転して、せつなき時の神だのみ」とあり、息子が慌てふためいて清水へ参り、観音に祈る場面に使われています。
ここでいう「せつない」は、現代でよくいう、悲しさや恋しさで胸が締めつけられるという意味だけではありません。17世紀初めの『日葡辞書(にっぽじしょ)』(1603〜1604年刊)にも、追い詰められてどうにもならない状態や、身動きの取れない状態を表す意味が記されており、「せつない時」は「苦境に陥った時」に近い言い方でした。
『軽口御前男(かるくちごぜんおとこ)』(1703年・江戸時代前期)にも、「せつなき時の神頼」という形が出てきます。「神頼み」という部分が一まとまりの言葉として用いられており、困った時に神の加護を願うという発想が、笑い話の中でも通じる言い回しになっていたことが分かります。
同じころには、前半や末尾を変えた形も使われました。浄瑠璃『金屋金五郎浮名額(かなやきんごろううきなのがく)』(1703年・江戸時代前期)には、「病ふと聞き悲しい時の神たたき」とあり、病気だと聞いて、伊勢・石清水・春日などへ願をかける場面が描かれています。「神たたき」は「神頼み」と同じく、切羽詰まって神に祈ることを表します。
さらに、歌謡集『松の落葉』(1710年・江戸時代中期)には、「かなはぬ時の神たたき」という形が出てきます。望みどおりにならない時を「かなわぬ時」と表し、「神頼み」を「神たたき」と言い換えており、ことわざの骨組みを保ちながら、いくつもの形で語られていたことが分かります。
「苦しい時の神頼み」という現在と同じ形は、三代目三遊亭円遊の落語『粗忽の使者(そこつのししゃ)』(1891年・明治24年)に、「苦しい時の神頼みはいかんと思ひますが」と出てきます。江戸時代に多かった「せつない時」という言い方が、意味の分かりやすい「苦しい時」へと置き換わり、今日の形へまとまっていきました。
その後、福田英子の『妾の半生涯(わらわのはんしょうがい)』(1904年・明治37年)では、わが子が危篤になった夫婦が八幡宮へ参詣する場面に使われました。谷崎潤一郎の『痴人の愛(ちじんのあい)』(1924〜1925年・大正13〜14年)でも、ふだん信心をしない人物が、行方の分からないナオミの帰りを観音に祈る場面に用いられています。
このように、もとは「せつない時」「悲しい時」「かなわぬ時」など、窮地を表すさまざまな言葉と、「神頼み」「神たたき」とを結び付けた表現でした。その中から「苦しい時の神頼み」が広く定着し、現在では神仏への祈願だけでなく、ふだん大切にしていない人や疎遠な人に、困った時だけ助けを求める態度にも使われています。
「苦しい時の神頼み」の使い方




「苦しい時の神頼み」の例文
- 試験の前日になって合格祈願へ出かけるとは、まさに苦しい時の神頼みだ。
- ふだんは連絡をよこさない彼が仕事を手伝ってほしいと言うのは、苦しい時の神頼みに思える。
- 雨の予報を聞いてから運動会の晴天を祈り始めたが、苦しい時の神頼みでしかなかった。
- 準備を怠っておきながら本番直前に経験者へ助けを求めるのは、苦しい時の神頼みというものだ。
- 資金繰りに行き詰まってから疎遠だった知人を訪ねても、苦しい時の神頼みだと思われかねない。
- 原稿の締め切り当日になって編集者へ猶予を願い出る自分を、彼は苦しい時の神頼みだと恥じた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・武藤禎夫・岡雅彦編『噺本大系 第6巻』東京堂出版、1976年。
・武藤禎夫校注『元禄期軽口本集―近世笑話集 上』岩波書店、1987年。
・三代目三遊亭円遊『粗忽の使者』1891年。
・福田英子『妾の半生涯』1904年。
・谷崎潤一郎『痴人の愛』1924〜1925年。























