【ことわざ】
商いは牛の涎
【読み方】
あきないはうしのよだれ
【意味】
商売は、牛のよだれのように細く長く続けるのがよいということ。利を急がず、気長に辛抱するのが大切だというたとえ。


【英語】
・Keep your shop and your shop will keep you.(店を守れ、そうすれば店が守ってくれる)
【類義語】
・商人は牛の涎(あきんどはうしのよだれ)
・商い三年(あきないさんねん)
・石の上にも三年(いしのうえにもさんねん)
【対義語】
・善は急げ(ぜんはいそげ)
・思い立ったが吉日(おもいたったがきちじつ)
・千里一跳(せんりひとはね)
「商いは牛の涎」の語源・由来
このことわざの土台にあるのは、牛の涎(よだれ)が細く長く垂れる姿です。そこから、商売もまた、一度に大きな利益をつかもうとするより、細くても長く続けるほうがよい、という教えが生まれました。
言い方としてよく知られているのは「商いは牛の涎」ですが、古い文献では「商は牛の涎」という形で出てきます。今の言い方より少し短い形ですが、伝えようとしている内容は同じです。
古い文献の中で、このことわざの形がはっきり確かめられるのは、1713年(正徳3年・江戸時代中期)に出た『日本新永代蔵(にほんしんえいたいぐら)』です。作者は、江戸前期の俳人・浮世草子作者である北条団水(ほうじょうだんすい)です。
『日本新永代蔵』は、町人の成功や失敗を題材にした浮世草子で、六巻六冊から成る作品です。商人の暮らしや金もうけのあり方を、さまざまな話で描いているので、このことわざが出てくる場所としてもよく合っています。
その作中には、「商は牛の涎、万事せかぬが大器なりと」という形で、このことばが書かれています。ここでいう「万事せかぬ」は、何ごともあわてないことをいい、「大器なり」は、大きな人物になるほどの落ち着きがある、というほめ方です。
つまり、この古い用例の段階ですでに、このことわざは「商売ではあせるな」「利を急ぐな」という教えとして使われていました。牛の涎のたとえは、ただ長いというだけでなく、切れずに続いていく感じまで含んでいると受け取れます。
また、よく似た言い方として「商人は牛の涎」も伝わっています。こちらは、商人は利益が細くても、牛のよだれのように長続きすることを考えるべきだ、という意味で、ことわざの考え方をよりはっきり言い表した形です。
このことから分かるのは、このことわざが「一度で大当たりをねらう商売」よりも、「少しずつでも続く商売」を高く見る考え方と結びついていたことです。たくさん売れる日があるかどうかより、店が絶えず動き、お客さんとの関係が続くことを大事にしていたのです。
この表現は関西を中心に商人のあいだで広く使われ、古くは上方のいろはかるたにも入っていました。ことわざが遊びの札にまで入るのは、それだけ多くの人に知られ、暮らしの教えとして根づいていたからです。
「牛の涎」という少し意外なたとえを使っているところも、このことわざのおもしろさです。見た目は地味でも、細く長く切れずに続くという特徴を、一度聞けば忘れにくい形で伝えています。
こうして見ると、「商いは牛の涎」は、ただのんびりせよということばではありません。大もうけを急がず、信頼と商いを切らさずに積み重ねよ、という商人の知恵が、短く力強い形で残ったことわざなのです。
「商いは牛の涎」の使い方




「商いは牛の涎」の例文
- 開店早々の大もうけをねらわず、商いは牛の涎の心で常連客を育てた。
- 父は新しい店を始めるとき、商いは牛の涎だと言って、まず近所の信用を大切にした。
- 学園祭の売店でも、派手な呼び込みより、ていねいな接客を続けるほうがよいと商いは牛の涎を思い出した。
- 小さな会社ほど、商いは牛の涎の考えで、無理な拡大を急がないほうがよい。
- 観光地の食堂は、一度きりの客より、毎年来てくれる客を増やすことが大切で、まさに商いは牛の涎である。
- 祖母の呉服店は、利益の大きい仕事だけを追わず、細い注文でも切らさず受けてきたので、商いは牛の涎の教えそのものであった。























