【ことわざ】
あずり貧乏人宝
【読み方】
あずりびんぼうひとだから
【意味】
あちこちに走り回って一生懸命働いても、自分は貧しいままで、働きの実りが他人の利益になるばかりであること。


【類義語】
・あずり貧乏(あずりびんぼう)
・器用貧乏人宝(きようびんぼうひとだから)
・細工貧乏人宝(さいくびんぼうひとだから)
・骨折り損のくたびれ儲け(ほねおりぞんのくたびれもうけ)
「あずり貧乏人宝」の語源・由来
「あずり貧乏人宝」は、「あずり」「貧乏」「人宝」が重なってできた表現です。中心になる「あずり」は、動詞「あずる」に関わる言葉で、「あずる」には、もがく、忙しく立ち回る、物事に行きづまる、といった意味があります。そのため、このことわざの「あずり」には、ただ働くというだけでなく、あちこちへ走り回り、苦労しながら身を使うというニュアンスがあります。
古い用例では、江戸時代中期の作品『霧太郎天狗酒宴(きりたろうてんぐのさかもり)』(1761年)に、「あづるならあづらして」という形が出てきます。ここでの「あづる」は、苦しんでもがくような動きを表しており、体をばたつかせるような具体的な苦労の意味がもとにあったことが分かります。
また、江戸時代中期の広島藩の学者であった香川南浜の『秋長夜話(あきのながよばなし)』(天明年間の初めごろ成立)には、「あずる」を「窮すること」と結びつける説明が出てきます。ここでは、どうにもならず困る、行きづまるという意味へ広がっており、単なる動作から、苦しい境遇を表す言葉へ意味が広がっていったことがうかがえます。
さらに、江戸時代末から明治初年ごろの『両京俚言考(りょうきょうりげんこう)』には、物事を騒がしく取り扱うことを「あづる」と言う、という説明が出てきます。これは、落ち着いて一つの仕事をするというより、いくつもの用事に追われて忙しく立ち回る意味に近く、「あずり貧乏人宝」の「多方面に奔走する」という意味の土台になります。
「あずり貧乏」は、この「あずり」に「貧乏」を加えた形です。いくら忙しく働いても自分の暮らしが楽にならない、というところに重点があります。そこへ「人宝」が添わると、自分は貧しいままなのに、他人にとっては利益を生む存在になる、という意味が強まります。つまり、「あずり貧乏人宝」は、働き手の苦労と、利益を受ける相手との不つり合いを言い表すことわざです。
この形は、「細工貧乏人宝」や「器用貧乏人宝」とも近い発想をもっています。「細工貧乏人宝」は、細かな仕事にすぐれた人が他人のためには役立つのに、自分は豊かになりにくいことを表す言葉で、近世の文芸作品にも用例があります。このように「貧乏人宝」という形は、能力や労力が人の役には立つ一方で、本人には十分な報いが返らないという見方を表す型として受け継がれてきました。
したがって、このことわざは、働くことそのものを悪く言う言葉ではありません。力を尽くしている人が正当に報われず、利益だけが他人の側へ流れてしまう状態を、少し皮肉をこめて言い表すものです。現在でも、苦労して動き回った本人には時間も利益も残らず、周囲だけが得をするような場面に当てはまります。
「あずり貧乏人宝」の使い方




「あずり貧乏人宝」の例文
- 町内会の準備を一人で引き受け、利益は会の積立金に回っただけで、彼はあずり貧乏人宝の立場になった。
- 父は親戚の畑仕事を何日も手伝ったが、自分の畑は荒れたままで、あずり貧乏人宝の結果となった。
- 友人の店の開店準備に走り回った兄は、礼も受け取れず、あずり貧乏人宝を実感した。
- 文化祭の売り上げは増えたのに、準備係だけが昼食も取れず、あずり貧乏人宝のような状態になった。
- 会社の雑務を次々に任された先輩は、成果だけを他部署に持っていかれ、あずり貧乏人宝と評された。
- 祖母は近所の手伝いで感謝されたが、家の仕事は残り、あずり貧乏人宝にならないよう当番を決めた。
主な参考文献
・尚学図書編集『故事・俗信 ことわざ大辞典』小学館、1982年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『霧太郎天狗酒宴』1761年。
・香川南浜『秋長夜話』1781〜1801年ごろ。
・『両京俚言考』1868〜1870年ごろ。























