【ことわざ】
親が死んでも食休み
【読み方】
おやがしんでもしょくやすみ
【意味】
どのような場合でも食後の休憩だけは取るべきであり、どれほど忙しくても、休みなく働くのはよくないというたとえ。


【英語】
・You should rest after a meal no matter what may have happened(何が起きても食後は休むべきだ)
【類義語】
・伯母の家が焼きょうとも食休め(おばのいえがやきょうともじきやすめ)
「親が死んでも食休み」の語源・由来
このことわざの中心となる「食休み」とは、食事のあとに休息を取ることです。「食休」という言葉には、食事のための休み、または食事を終えたあとの休みという意味があります。そこに「親が死んでも」という極端な条件を組み合わせることで、どれほど気の急く事情があっても、食後の休憩を省いてはならないと表しています。
「親が死んでも」は、本当に親の死を軽んじるという意味ではありません。人にとって非常に重大な出来事をあえて持ち出すことで、「どんな時でも」「何が起きても」という意味を強める誇張(こちょう)の表現です。忘れてはならないことや、必ず守るべき習慣を印象深く伝えるために、このような強い言い方になっています。
「食休」という言葉の古い用例は、岡本綺堂の『半七捕物帳』所収「柳原堤の女」(大正14年、岡本綺堂著)にあります。材木を組む作業をしていた大工たちが、「食(ショク)やすみの煙草」を吸っている場面です。ここでは、働く人々が食事の際に仕事を中断し、煙草を吸いながら一息つく時間を「食休み」と呼んでいます。
農村の仕事においても、食事のあとの休みには決まった呼び名がありました。新潟県新発田市(しばたし)の農村部では、午前と午後の休みを「タバコヤスミ」「ナカヤスミ」、食後の休みを「ジキヤスミ」と呼んでいました。食後の休憩は気まぐれに取るものではなく、一日の仕事の流れに組み込まれた大切な時間だったことが分かります。
現在と同じ「親が死んでも食休み」という形は、正宗白鳥の「世相の文学的解釈」(昭和37年、正宗白鳥著)にも出てきます。正宗白鳥は、満腹になった直後に駆け足をすることを戒める文脈でこのことわざを挙げ、昔から庶民(しょみん)の間で言われてきた言葉として扱っています。少なくとも昭和中期には、食後の運動や労働を控える教えとして広く知られていたことがうかがえます。
また、「伯母の家が焼きょうとも食休め」という類句もあります。伯母の家が火事になったような緊急の場合であっても、食後の休みを取れという意味です。「親が死んでも」と同じく、ただ事ではない出来事を例に挙げることで、食休みを欠かしてはならないと強調しています。
地域によっては、「親が死んでもゴクヤスミ」ともいいました。「ゴクヤスミ」は「穀休み」で、「穀」は食べ物を表します。栃木県佐野市の野上地域では、明治のころ、葬式で僧侶が読経(どきょう)をしている間に、参列者が少しずつ食べ物を口にする習慣を「ゴクヤスミ」または「ジキヤスミ」と呼んでいました。悲しく気ぜわしい時にも、軽く食事を取り、心身を落ち着かせる時間が設けられていたのです。
このように、「親が死んでも食休み」は、食後に休むという暮らしの習慣を、強い誇張によって忘れにくくしたことわざです。忙しさに追われている時ほど、休むべきところではきちんと休み、無理を重ねないことの大切さを伝えています。
「親が死んでも食休み」の使い方




「親が死んでも食休み」の例文
- 昼食後すぐに畑へ戻ろうとする祖父に、祖母は親が死んでも食休みだと言ってお茶を勧めた。
- 親が死んでも食休みというから、食事を終えた選手たちは練習の再開まで静かに体を休めた。
- どれほど仕事が立て込んでいても、親が死んでも食休みを忘れて無理を重ねてはならない。
- 親が死んでも食休みと教えられてきた父は、昼食後に必ず短い休憩を取る。
- 引っ越し作業を急ぐ家族も、親が死んでも食休みと声を掛け合い、食後はしばらく座って休んだ。
- 親が死んでも食休みという昔からの教えに従い、会議は昼食後に少し間を置いて再開された。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』全3巻、小学館、2005〜2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・高野フミ・板橋好編『プログレッシブ和英中辞典 第4版』小学館、2011年。
・岡本綺堂「柳原堤の女」『半七捕物帳』、1925年。
・正宗白鳥『一つの秘密』新潮社、1962年。























