【故事成語】
重きを負い遠きを渉るときは地を択ばずして休う
【読み方】
おもきをおいとおきをわたるときはちをえらばずしていこう
【意味】
重い責任や大きな困難を抱えて余裕がないときは、条件や場所をえり好みしていられないということ。


【英語】
・Beggars can’t be choosers(困った立場では、えり好みできない)
【類義語】
・背に腹は代えられない(せにはらはかえられない)
「重きを負い遠きを渉るときは地を択ばずして休う」の故事
「重きを負い遠きを渉るときは地を択ばずして休う」は、重い荷物を背負って遠い道を進む人は、疲れたときに休む場所を選んではいられないという意味です。この言葉は、『孔子家語(こうしけご)』の「致思」に収められた、孔子の弟子である子路(しろ)の言葉に基づいています。
『孔子家語』は、孔子と弟子たちの言葉や出来事を集めた書物です。現存する十巻本は、三国時代の魏で王粛がまとめた本文に結び付けられており、「致思」には、親に尽くした子路の思い出が記されています。
子路は孔子に会い、「負重涉遠、不擇地而休」と語ります。重い荷物を背負って遠くへ行く者は、疲れれば場所を選ばずに休むという意味で、ここから「重きを負い遠きを渉るときは地を択ばずして休う」という形が生まれました。
この言葉のあとには、「家貧親老、不擇祿而仕」と続きます。家が貧しく、親が年老いているときは、仕事の待遇や俸禄(ほうろく)を選ばずに仕えるという意味です。重荷を負った旅人が休む場所を選べないのと同じように、親を養わなければならない者は、好みに合う仕事だけを待ってはいられないことを表しています。
若いころの子路の家は貧しく、子路は藜藿(れいかく:アカザや豆の葉などの粗末な食べ物)を口にしながら暮らしていました。それでも、両親に米を食べさせるため、百里も離れた所まで出かけ、米を背負って帰ったと語っています。
やがて両親が亡くなったあと、子路は南方の楚(そ)へ赴き、多くの車を従え、豊かな食事を取れる身分になりました。しかし、もう一度、粗末な食事をしながら両親のために米を運びたいと願っても、亡くなった両親に仕えることは二度とできませんでした。
子路は、人の命は戸の隙間を通り過ぎる光のように、たちまち過ぎてしまうと嘆きました。孔子は、子路が両親の生前には力を尽くして仕え、死後にも心を尽くして慕っているとして、その孝行をたたえています。
同じ一節と物語は、前漢末に劉向がまとめた『説苑(ぜいえん)』の「建本」にも収められています。そこには「負重道遠者、不擇地而休」とあり、「遠きを渉る」に当たる部分が「道遠」となっていますが、重い荷を負って遠くへ進む者は、休む場所を選ばないという教えは共通しています。
日本語の形では、「休う」を「いこう」と読みます。「休う」は、心身を休めることを表す古い言い方であり、漢文の「休」を日本語として読み下したものです。また、「ときは」を加えることで、子路の置かれた一度きりの事情から、苦境にある人すべてに当てはまる教えへと整えられています。
もとの話では、貧しい暮らしの中で両親を養うため、子路が仕事を選ばなかったことを表していました。そこから意味が広がり、現在では、大きな責任や差し迫った事情を抱えているときには、理想的な場所や条件ばかりを求めてはいられないという意味で用います。何でも無条件に受け入れるという教えではなく、今もっとも大切なことを守るため、多少の不便にはこだわらないという心構えを表す言葉です。
「重きを負い遠きを渉るときは地を択ばずして休う」の使い方




「重きを負い遠きを渉るときは地を択ばずして休う」の例文
- 大会前日に体育館が使えなくなったが、重きを負い遠きを渉るときは地を択ばずして休うと考え、選手たちは空いていた公民館で練習した。
- 災害後の避難生活では、重きを負い遠きを渉るときは地を択ばずして休うの言葉どおり、まず安全に眠れる場所を確保した。
- 資金繰りに苦しむ会社は、重きを負い遠きを渉るときは地を択ばずして休うと、設備の古い事務所への移転を受け入れた。
- 納期が迫る中、重きを負い遠きを渉るときは地を択ばずして休うという判断で、チームは空いていた倉庫を作業場に変えた。
- 旅の途中で大雨に遭った一行は、重きを負い遠きを渉るときは地を択ばずして休うと、簡素な山小屋で夜を明かした。
- 人手の足りない収穫期には、重きを負い遠きを渉るときは地を択ばずして休うの心構えで、家族全員ができる仕事を引き受けた。
主な参考文献
・宇野精一『新釈漢文大系53 孔子家語』明治書院、1996年。
・高木友之助『説苑』明徳出版社、1969年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・王粛注『孔子家語』三国時代・魏。
・劉向編『説苑』前漢末。























