【故事成語】
羹に懲りて膾を吹く
【読み方】
あつものにこりてなますをふく
【意味】
一度の失敗にこりて、必要以上に用心することのたとえ。熱い吸い物で失敗した人が、冷たい膾まで吹いてさまそうとする意からいう。


【英語】
・A burnt child dreads the fire.(やけどした子どもは火を怖がる)
【類義語】
・蛇に噛まれて朽縄に怖じる(へびにかまれてくちなわにおじる)
・舟に懲りて輿を忌む(ふねにこりてこしをいむ)
「羹に懲りて膾を吹く」の故事
「羹に懲りて膾を吹く」は、中国古典の『楚辞(そじ)』にある「九章(きゅうしょう)・惜誦(せきしょう)」の一節に由来します。『楚辞』は、戦国時代の楚に起こった韻文を集めた古い詩集で、前漢の劉向が十六巻にまとめ、のちに後漢の王逸が自作を加えて十七巻とし、注を付した形が伝わったとされます。
「惜誦」は、忠義を尽くして主君に仕えようとしながら、人々の讒言(ざんげん)によって苦しむ人物の心をうたった作品として読まれてきました。屈原と結びつけて伝えられる作品ですが、『楚辞』の諸作品と屈原本人との関係には、古くからの伝承を重んじつつも慎重に考えるべき点があります。
原文には、「懲於羹者而吹䪠兮,何不變此志也?」という句が出てきます。これは、熱い羹で痛い目にあった者が、冷たいあえものまで吹くというたとえを示し、そのうえで、なぜこの志を変えないのか、と問いかける流れになっています。
ここでいう羹は、肉や野菜を煮た熱い汁を指します。現在の形では「膾」と書きますが、原文では「膾」ではなく、細かく刻んだあえものを表す「齏(せい)」にあたる字が使われており、日本語では意味の近い「膾」に変わった形で定着しました。
この故事成語の中心には、熱いものに失敗したあと、冷たいものにまで同じ用心をしてしまうという、行きすぎた警戒の姿があります。もとの詩では、主君に受け入れられず傷ついた者が、それでも志を変えない心情と結びついていますが、日本語ではしだいに、一度の失敗にこりて必要以上に用心するという意味で使われるようになりました。
日本での古い用例としては、『読史余論(とくしよろん)』(1712年・江戸時代中期、新井白石著)に「羹に懲りて膾を吹くの謂なるべし」という形が出てきます。また、明治時代には夏目漱石の『虞美人草』(明治40年発表)にも用例があり、古典由来の表現として近世から近代へ受け継がれていたことが分かります。
現在では、前の失敗を忘れずに注意するというより、必要をこえて警戒しすぎる場合に使うのが自然です。失敗から学ぶことは大切ですが、その用心が実際の場面に合わなくなったとき、「羹に懲りて膾を吹く」という表現がぴたりと当てはまります。
「羹に懲りて膾を吹く」の使い方




「羹に懲りて膾を吹く」の例文
- 一度送信ミスをしただけで、同じメールを十回も見直すのは、羹に懲りて膾を吹くようなものだ。
- 去年の遠足が雨で延期になったため、晴天の予報でも傘を三本持って行こうとするのは、羹に懲りて膾を吹くと言える。
- 前の試合で転んだ失敗にこりて、平らな体育館でも走れなくなるのは、羹に懲りて膾を吹く状態だ。
- 一度だけ買い物で損をしたからといって、必要な物まで買えなくなるのは、羹に懲りて膾を吹くことになる。
- 小さな連絡違いを経験してから、全員に何度も同じ確認を送るのは、羹に懲りて膾を吹く例である。
- 前回の料理で少し塩を入れすぎたため、今回はまったく塩を使わないというのは、羹に懲りて膾を吹く判断だ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・金岡照光編『三省堂中国故事成語辞典 ワイド版』三省堂、2010年。
・『楚辞』。
・新井白石『読史余論』1712年。
・夏目漱石『虞美人草』1907年。























