【ことわざ】
悪言の玉は磨き難し
【読み方】
あくげんのたまはみがきがたし
【意味】
人を傷つける悪い言葉は、いったん口に出すと、あとから取りつくろっても消しにくいこと。悪口や失言は、相手の心だけでなく自分の信用も傷つけやすいという戒め。


【英語】
・A word spoken is past recalling.(口に出した言葉は取り消しがきかない)
【類義語】
・口は禍の門(くちはわざわいのかど)
・舌は禍の根(したはわざわいのね)
・禍は口から(わざわいはくちから)
「悪言の玉は磨き難し」の語源・由来
「悪言の玉は磨き難し」は、悪い言葉を玉にたとえた言い方です。悪言は、人をののしったり傷つけたりする言葉であり、このことわざでは、いったん口に出た悪言が、玉の傷よりも直しにくいものとして示されています。玉は磨けば輝きを取り戻すことがありますが、人を傷つけた言葉は、あとから言い直しても、相手の心や自分の信用に残りやすい、という教えです。
日本でこの形を伝えた重要な書物に、『童子教(どうじきょう)』があります。『童子教』は作者不明で、鎌倉時代中期から末期の作と推定され、中世から近代初頭にかけて広く用いられた初歩教科書です。内容には、行儀作法や言行の戒めが多く含まれ、江戸時代には寺子屋の教科書として広く使われました。
『童子教』では、このことわざは「口は是れ禍の門」「舌は是れ禍の根」といった、言葉を慎む教えの流れの中に置かれています。そのあとに、言いすぎた言葉は取り返しにくいという趣旨が続き、「白圭の玉は磨くべし」と「悪言の玉は磨き難し」が向かい合う形で出てきます。白く清らかな玉なら磨けても、悪い言葉によって生じた傷は同じようには直せない、という対比が、子どもにも覚えやすい言い方になっています。
この発想の古い土台には、中国最古級の詩集である『詩経(しきょう)』大雅「抑」の一節があります。そこには、「白圭之玷、尚可磨也。斯言之玷、不可為也」という言葉があり、白い玉のきずは磨いて直せるが、言葉のあやまちは改めることができない、という意味を表しています。ここでいう「玷」は、玉のきずを表す字です。
白圭(はっけい)は、白く清らかな玉を指します。日本でも、平安時代末期の漢詩集『本朝無題詩』(1162〜1164年頃)に「白珪」の用例があり、白圭は単なる宝物ではなく、軽々しい言葉を慎み、徳を修めることにも結びつけて理解されました。
さらに『論語(ろんご)』先進篇には、孔子の弟子である南容(なんよう)が「白圭」の詩を何度も繰り返し読んだという話が出てきます。この話では、南容が言葉を慎む人物として受け止められ、孔子が兄の娘を南容にめあわせたと伝わります。つまり、「白圭」の句は、古くから言葉づかいを慎む教えとして重んじられてきました。
こうした流れを受けて、「悪言の玉は磨き難し」は、日本語のことわざとして、悪口やきつい一言を軽く考えてはならないという教えを短く伝える形に整いました。もとの「言葉のきず」という考えが、『童子教』では「悪言の玉」という分かりやすい比喩になり、寺子屋などで学ばれる教訓の中で広まりました。現在でも、相手を傷つける言い方を戒める場面にふさわしいことわざです。
「悪言の玉は磨き難し」の使い方




「悪言の玉は磨き難し」の例文
- 試合のあとで仲間の失敗を責めた一言が残り、悪言の玉は磨き難しという言葉を実感した。
- 会議中に相手の案をばかにするような発言をしてしまい、悪言の玉は磨き難しと反省した。
- 兄弟げんかで投げつけた悪口は謝ってもすぐには消えず、悪言の玉は磨き難しだと感じた。
- 友人の努力を笑った言葉が相手を深く傷つけ、悪言の玉は磨き難しの通りになった。
- 軽い冗談のつもりでも人を傷つける言葉になれば、悪言の玉は磨き難しを忘れてはならない。
- 一度広まった中傷は訂正しても信用を失いやすく、悪言の玉は磨き難しという戒めが当てはまる。
主な参考文献
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・作者未詳『童子教』鎌倉時代中期〜末期成立。
・『詩経』西周初期〜東周中期。
・『本朝無題詩』1162〜1164年頃。
・『論語』。























