【故事成語】
悪言は口より出ださず、苟語は耳に留めず
【読み方】
あくげんはくちよりいださず、こうごはみみにとどめず
【意味】
人を傷つける言葉を口にせず、軽々しく放たれたいいかげんな言葉には心をとめないこと。言葉を慎み、他人の浅い言葉に振り回されない教え。


【英語】
・Speak no evil.(悪いことを口にしない。)
・Do not let idle talk get to you.(いいかげんな言葉に心を乱されない。)
・Do not answer insult with insult.(悪口に悪口で返さない。)
【類義語】
・口は禍の門(くちはわざわいのかど)
・口は禍の元(くちはわざわいのもと)
・舌は禍の根(したはわざわいのね)
【対義語】
・売り言葉に買い言葉(うりことばにかいことば)
・目には目を歯には歯を(めにはめをはにははを)
「悪言は口より出ださず、苟語は耳に留めず」の故事
【故事】
この故事成語は、一人の英雄のはなやかな逸話から生まれたというより、古代中国の書物に書かれた教えの一節から広まった言い方です。もとになった文は、『鄧析子(とうせきし)』に伝わっています。
『鄧析子』は、春秋時代末期の人物である鄧析(とうせき)に結びつけて伝えられてきた書物です。鄧析は、言葉の使い方や物事の筋道を重んじた人物として知られ、この本にも、言葉と行いをどう慎むべきかを説く文章が多く残っています。
この故事成語のもとの漢文は、惡言不出口、苟語不留耳、という形です。日本ではこれを訓読して、悪言は口より出ださず、苟語は耳に留めず、という言い方で親しまれてきました。
大事なのは、この一句がいきなりぽつんと出てくるのではないことです。その前には、言うべきでないことは言うな、するべきでないことはするな、という戒めが続いています。
さらにその少し前には、いったんまちがって口から出た言葉は、もう追いかけても取り戻せない、という意味の強い警告も書かれています。つまり、この一句は、言葉は出したあとでは戻せないという考えを受けて置かれているのです。
前半の悪言は、相手を傷つける悪い言葉を指します。人をののしる言葉、感情まかせに浴びせる言葉、相手の心に深い傷を残す言葉を、そもそも口から出さないようにしなさい、という教えです。
後半の苟語(こうご)は、まじめに受け取るに値しない、その場しのぎの軽い言葉や、深く考えずに放たれた言葉を指すと考えられます。耳に留めずとは、そうした浅い言葉を心の中に住まわせない、いつまでも引きずらない、ということです。
ここで大切なのは、正しい忠告まで聞かなくてよい、という意味ではないことです。心に留めなくてよいのは、思慮のない悪口や、根拠の薄いうわさ話のような言葉であり、まじめな忠告や大事な助言まで遠ざける教えではありません。
もとの文の終わりには、此謂君子也、つまり、これを君子という、とあります。外に向けては口を慎み、内に向けては軽々しい言葉に振り回されない、その両方がそろってこそ、品位ある人だという考え方です。
また、古い中国の礼の教えには、悪言を口から出さないことを大切にする近い言い方も伝わっています。そのため、この故事成語は、ただ一つの場面だけを語るというより、古くから受け継がれてきた言葉の節度の考えを、分かりやすく一組にまとめた表現だといえます。
日本語の形では、口より出ださず、耳に留めず、という古風な言い回しが使われています。このリズムのよい形のおかげで、単なる説明文ではなく、戒めの言葉として記憶に残りやすくなりました。
今では、悪口を言わないことだけでなく、他人の軽はずみな一言にいつまでも心を乱されないことまで含めて使われます。口の慎みと心の落ち着きの両方を教えるところに、この故事成語のいちばん大事な価値があります。
「悪言は口より出ださず、苟語は耳に留めず」の使い方




「悪言は口より出ださず、苟語は耳に留めず」の例文
- 学級会で強い非難が飛んだときも、悪言は口より出ださず、苟語は耳に留めずを胸に、司会の生徒は言葉を選んだ。
- 親子で意見がぶつかった夜、父は悪言は口より出ださず、苟語は耳に留めずと思い直し、感情的な一言をのみこんだ。
- うわさ話で友人を疑いかけたが、悪言は口より出ださず、苟語は耳に留めずと考え、本人に静かに確かめた。
- 地域の祭りの準備で心ない文句を聞いても、悪言は口より出ださず、苟語は耳に留めずの姿勢で役員は持ち場を守った。
- 会議で不公平な言い方を受けたあとも、悪言は口より出ださず、苟語は耳に留めずを心がけたため、職場の空気は荒れずに済んだ。
- 短い投稿にきつい反応が集まったとき、悪言は口より出ださず、苟語は耳に留めずという教えが、書き込みを返す前の歯止めになった。























