【ことわざ】
黄牛に腹突かれる
【読み方】
あめうしにはらつかれる
【意味】
軽く見ていた相手に、思いがけずやりこめられること。油断して、意外な相手や出来事によってひどい目にあうこと。


【類義語】
・芋幹で足を衝く(いもがらであしをつく)
・油断大敵(ゆだんたいてき)
「黄牛に腹突かれる」の語源・由来
「黄牛」は、ここでは「あめうし」と読みます。もともと、飴色の毛をした牛を指す言葉で、古くはりっぱな牛として扱われました。また、「あめうし」は牝牛(めうし:雌の牛)の異称としても用いられました。このことわざは、強そうな牛に襲われるのではなく、おとなしく、人を傷つけないと思われる牝牛に腹を突かれるという意外さをもとにしています。
古い形としては、『袋草紙(ふくろぞうし)』(1157〜1159年ごろ成立、藤原清輔著)に「女牛に腹つかれたる類哉」とあります。『袋草紙』は平安後期の歌学書で、歌会の作法や歌人の逸話などを集めた書物です。この用例では、「まさかその相手に」という驚きが、牝牛に腹を突かれるたとえで表されています。
『十訓抄(じっきんしょう)』(1252年・鎌倉時代中期成立)にも、良暹が「妻牛(アメウシ)に腹つかれぬるわざかな」と言った話が出てきます。高砂(たかさご)で人々が歌を詠んだとき、思いがけない人物の歌が称賛され、良暹がこの言い方で驚きを表した場面です。ここでは、相手を下に見ていたところ、予想外にすぐれた働きをされてしまった、という意味がはっきり表れています。
同じ話は、橘成季による『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』(1254年・鎌倉時代中期成立)にも伝わっています。高砂で歌を詠む場面で、良暹が「女牛に腹つかれぬるかな」と言った形が示され、意外な相手から一本取られたような驚きとして読めます。
このように、古い用例では「女牛」「妻牛」などの表記で現れ、のちに「黄牛」という表記でも説明されるようになりました。どの形でも核にあるのは、「おとなしいはず」「大したことはないはず」と思った相手に、思いがけず痛い目にあわされるという発想です。現在の「黄牛に腹突かれる」は、相手を侮る油断への戒めを含むことわざとして用いられます。
「黄牛に腹突かれる」の使い方




「黄牛に腹突かれる」の例文
- 簡単な相手だと見くびった試合で逆転され、黄牛に腹突かれる結果となった。
- 新入部員の意見を軽く扱った先輩は、的確な反論を受けて黄牛に腹突かれることになった。
- 小さな町工場の技術を侮った大企業は、競争で敗れて黄牛に腹突かれる思いをした。
- 妹を相手に将棋の手を抜いた兄は、鮮やかな詰みに気づかず黄牛に腹突かれる羽目になった。
- 穏やかな店員だと甘く見て無理な要求を続けた客は、筋の通った説明で黄牛に腹突かれることになった。
- 経験の浅い発表者だと思って質問を浴びせた研究者は、正確な資料を示されて黄牛に腹突かれる形になった。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・藤原清輔『袋草紙』1157〜1159年ごろ成立。
・浅見和彦校注・訳『新編 日本古典文学全集51 十訓抄』小学館、1997年。
・橘成季『古今著聞集』1254年。























