【故事成語】
雨、塊を破らず
【読み方】
あめ、つちくれをやぶらず
【意味】
雨が静かに降って土のかたまりを崩さずにしみこむように、世の中がよく治まり、平和で落ち着いていることのたとえ。


【類義語】
・五風十雨(ごふうじゅうう)
・風枝を鳴らさず(かぜえだをならさず)
・海波を揚げず(うみなみをあげず)
「雨、塊を破らず」の故事
「雨、塊を破らず」は、中国前漢の桓寛がまとめた『塩鉄論(えんてつろん)』の「水旱」に由来します。『塩鉄論』は、前81年に朝廷で行われた塩・酒・鉄の専売制などをめぐる議論を、のちにまとめた書物で、政治・経済・民の暮らしに関わる考え方を多く含んでいます。
「水旱」には、昔は政治が正しく行われると、陰陽が調い、星辰が整い、風雨も時にかなった、という考え方が述べられています。続いて、周公が上に立った時代には天下が太平で、若くして死ぬ者もなく、荒れた年もなく、その時には「雨不破塊,風不鳴條,旬而一雨必以夜」と記されています。
この一節は、雨が降っても土のかたまりを砕くほど激しくなく、風も枝を鳴らすほど荒くなく、必要な雨は夜にほどよく降る、という理想の姿を表しています。つまり、雨そのものをほめているだけでなく、よく治まった世では自然も人の暮らしを傷つけるほど荒れない、という古い政治思想を背景にした言い方です。
「塊」は、土のかたまり、土くれを指します。雨が土くれを破らないという細かな描写によって、田畑が荒れず、人々の生活が穏やかに守られる様子が、目に浮かぶ形で表されています。
後漢の王充による『論衡(ろんこう)』の是応篇にも、太平のしるしとして語られた言い方の中に、「風不鳴條,雨不破塊,五日一風,十日一雨」が出てきます。『論衡』は、後漢の王充が著した思想書で、当時の不合理な考え方を批判的に検討した書物です。
ただし『論衡』では、風雨が穏やかなことは認めつつも、「五日」「十日」という日数までそのまま事実と見るのではなく、太平の世をほめて言い広げた表現だと論じています。このことから、「雨、塊を破らず」は、天気の記録というより、穏やかな統治と安らかな社会を象徴する言葉として受け継がれたものだと分かります。
日本語の中でも、これに近い形は早くから使われました。平安時代の私家集『兼盛集(かねもりしゅう)』には、「風は枝をならさず、雨はつちくれをやぶらず、世の中もたのしければ」とあり、風と雨の穏やかさを、世の中の安らかさに結びつけています。
さらに『太平記』三二には、「五日の風枝を鳴らさず。十日の雨(アメ)壌(ツチクレ)を破事なし」とあります。ここでも、良い政治が天にかなう時のしるしとして、風が枝を鳴らさず、雨が土くれを破らないという表現が用いられています。
このように、「雨、塊を破らず」は、雨がしずかに土へしみこむ具体的な情景から出発し、中国古典の政治思想、日本の古典文学での受け入れを通して、世の中がよく治まっていることを表す故事成語として定着しました。今では、ただ静かな天気を言うのではなく、人々が安心して暮らせる、平和で秩序ある世の中をたとえる表現として使われます。
「雨、塊を破らず」の使い方




「雨、塊を破らず」の例文
- 戦乱がやみ、農民が安心して田畑を耕せる世を、雨、塊を破らずと表す。
- 新しい政治のもとで税が軽くなり、市場も落ち着いた様子は、雨、塊を破らずのたとえにふさわしい。
- 村どうしの争いがなくなり、道を行く人もおだやかに暮らすようになったので、雨、塊を破らずという言葉が思い浮かぶ。
- 人々が無理におびえず、日々の仕事を続けられる時代を、雨、塊を破らずとたとえる。
- 長く続いた混乱のあと、国じゅうに秩序が戻った状態を雨、塊を破らずと言う。
- 市民が安心して働き、田畑も荒らされない世の中を、雨、塊を破らずと表現できる。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・桓寛著、佐藤武敏訳注『塩鉄論 漢代の経済論争』平凡社〈東洋文庫167〉、1970年。
・山田勝美著『新釈漢文大系69 論衡 中』明治書院、1979年。























