【ことわざ】
悪は一旦の事なり
【読み方】
あくはいったんのことなり
【意味】
悪い行いは一時はうまくいくように見えても、長くは続かず、結局は正しいものに勝てないこと。


【英語】
・Evil prospers only for a time.(悪はしばらくの間しか栄えない。)
・Wickedness never prospers in the end.(悪事は最後には栄えない。)
・Justice prevails in the end.(最後には正しいことが勝つ。)
【類義語】
・邪は正に勝たず(じゃはせいにかたず)
・道理に向かう刃なし(どうりにむかうやいばなし)
・悪銭身に付かず(あくせんみにつかず)
・悪事身に返る(あくじみにかえる)
【対義語】
・勝てば官軍負ければ賊軍(かてばかんぐんまければぞくぐん)
・長い物には巻かれろ(ながいものにはまかれろ)
・地獄の沙汰も金次第(じごくのさたもかねしだい)
「悪は一旦の事なり」の語源・由来
このことわざは、悪いことが一時は勢いを持っても、最後まで栄え続けることはない、という教えを短く言い表したものです。言い方そのものは古く、かなり早い時代の文献の中に、すでに近い形ではなくそのままの形で書かれています。
ことばの手がかりになるのは、「一旦」という部分です。「旦」はもともと朝を表す字で、「一旦」は古くから「一時」「しばらくの間」「ひとたび」といった意味で使われてきました。
そのため、このことわざの「一旦」は、今日よく使う「いったん家へ帰る」のような「ひとまず」の意味よりも、むしろ「ほんのしばらく」「長くはない間」という意味合いで受け取るのが自然です。ここでは、悪が栄える時間の短さをはっきり示しています。
古い用例としてよく知られるのは、南北朝頃に成った『曾我物語(そがものがたり)』巻二の一節です。そこには、「されば悪は一旦の事なり、小利ありといへども」と書かれており、悪が小さな利益をもたらすことはあっても、それは長続きしないという考えが語られています。
そのあとには、結局は正しい道へ帰し、道理が通る、という趣旨のことばが続きます。つまり、この時点ですでに「悪は一時的には得をしたように見えても、最後には正しさにかなわない」という意味で、この言い方が使われていたことが分かります。
ここで大切なのは、このことわざが、特定の一つの中国故事をそのまま短くした形ではないという点です。ある出来事の名場面から生まれた故事成語というより、広く共有されていた教訓が、ことわざの形で言い表されたものと見るほうが自然です。
背景には、悪事には報いがあるという因果応報の考え方や、最後には道理が通るという道徳意識があります。『曾我物語』の一節でも、ただ「悪はよくない」と言うだけでなく、目先の小さな得と、最後に行き着く正しさとを対比して、このことばを生かしています。
このことわざが今も分かりやすいのは、「悪」と「一旦」という、意味のはっきりした二つの柱でできているからです。悪は永遠ではなく、せいぜい短い間だけ勢いづくにすぎない、と言い切る形なので、教訓がまっすぐ伝わります。
また、このことわざは、悪人が必ずすぐその場で罰せられる、とまで狭く言うものでもありません。言いたいのは、ずるさや不正は長い目で見れば頼りにならず、ほんとうの意味で人の信頼や正しさに勝つことはできない、ということです。
だからこそ、学校でも社会でも、だれかがごまかしで得をしているように見えたとき、このことばが思い出されます。一時の得に心を動かされず、正しいやり方を守る大切さを教えることばとして、今まで言い継がれてきました。
まとめると、「悪は一旦の事なり」は、「一旦」が表す短い時間に注目して、悪の栄えは長くないと戒めることわざです。古い文献の中にそのままの形で確かめられることからも、昔から人々が、目先の得より最後の正しさを大事にしてきたことが伝わってきます。
「悪は一旦の事なり」の使い方




「悪は一旦の事なり」の例文
- 人の作品を自分のものとして出して賞を取っても、悪は一旦の事なりで、やがて事実は明るみに出る。
- 帳簿をごまかして得をしたつもりでも、悪は一旦の事なりで、長く信頼を保つことはできない。
- いじめでその場を支配したように見えても、悪は一旦の事なりで、周囲の心はしだいに離れていく。
- 不正な方法で席を手に入れたという話を聞いて、父は悪は一旦の事なりと静かに言った。
- 運動会の選手決めで順番をごまかした子に、先生は悪は一旦の事なりという言葉で言い聞かせた。
- 世の中にはずるく得をしているように見える人もいるが、悪は一旦の事なりという戒めは重い。























