【ことわざ】
青田と赤子はほめられぬ
【読み方】
あおたとあかごはほめられぬ
【意味】
まだ実らない青田や、まだ幼い赤子のように、育ちの途中にあるものは、早くから出来や才能を決めつけてほめても当てにならないというたとえ。


【類義語】
・子供と青田はほめられぬ(こどもとあおたはほめられぬ)
「青田と赤子はほめられぬ」の語源・由来
「青田」は、稲の苗が青々と育っているものの、まだ稲の実ができていない時期の田を指します。「赤子」は、生まれて間もない子を指します。
このことわざは、青い田の姿を見て早くも豊作と決めることと、幼い子を見て早くも将来を言い切ることとを並べています。稲も子も育ちの途中にあるため、今の様子だけで先の価値を定めてはならないという戒めになります。
文献に記録された形として、『東奥日用語辞典及青森県方言集―附・日常便覧』(1932年・昭和7年、東奥日報社刊)に収められた「青森縣俚諺集」には、「青田と赤子は褒められぬ」と記されています。そこでは、稲作も人間も完成していないうちは価値が分からない、という意味が添えられています。
この用例では、稲の育ちと人の成長とが、ともに、まだ結論を出せないものとして扱われています。青々とした田も、愛らしく利発に見える幼い子も、育ちきる前に将来まで決めてしまうことはできないという、慎みのある見方を表しています。
その後、『青森県史 民俗編 資料南部』(2001年・平成13年、青森県史編さん民俗部会編)は、南部地方の「ことわざ」の項に「青田と赤子はほめられない」を載せ、八戸市と階上町に伝わる句として示しています。1932年の記録では「褒められぬ」、2001年の収録された形では「ほめられない」となっていますが、青田と赤子を並べ、育ちの途中で価値を決めてしまわないよう戒める意味は共通しています。
この県史で八戸市の資料として挙げられるのは、越後松助『白銀の民俗―聞き書き―(2)』(1991年)です。階上町の資料として挙げられる荻沢甚作の「地方俚諺集」は、郷土雑誌『はしかみ』に連載されたもので、第2号から始まった連載は、第4号からこの題となり、24回、1628句に及びます。
このように、「青田と赤子はほめられぬ」は、稲の実りと人の成長を並べ、まだ育ち始めた段階では行く末を決められないという生活の知恵を表した言葉です。褒めることそのものを退けるのではなく、一時の様子だけで、将来まで決まったようにほめ上げたり評価したりすることを戒めることわざとして用いられます。
「青田と赤子はほめられぬ」の使い方




「青田と赤子はほめられぬ」の例文
- 苗が青々としていても収穫量まで言い切れないので、祖父は青田と赤子はほめられぬと話した。
- 幼い弟を早くも天才だと決めつける親類に、母は青田と赤子はほめられぬと静かにたしなめた。
- 制作途中の作品を傑作と言い切るのは、青田と赤子はほめられぬという教えに反する。
- 新人選手が一度活躍しただけで将来の名選手と断定するのは、青田と赤子はほめられぬというものだ。
- 開店したばかりの店の一日の売上だけで成功を誇る社長に、古参の社員は青田と赤子はほめられぬと忠告した。
- 試作品が順調に動いても、青田と赤子はほめられぬと考え、研究班は改良を重ねた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・青森県史編さん民俗部会編『青森県史 民俗編 資料南部』青森県、2001年。
・東奥日報社『東奥日用語辞典及青森県方言集―附・日常便覧』東奥日報社、1932年。























