【ことわざ】
青田と赤子はほめられぬ
【読み方】
あおたとあかごはほめられぬ
【意味】
まだ育ちきっておらず、これからどうなるか分からないものを、早くからほめても当てにならないことのたとえ。幼い子や、でき上がる前の物事を軽々しく高く評価してはならない意にもいう。


【英語】
・Don’t count your chickens before they hatch.(結果が定まる前に早合点しない)
・It’s too soon to tell.(まだ判断するには早すぎる)
・Wait and see.(今は決めつけず、しばらく様子を見る)
【類義語】
・子供と青田はほめられぬ(こどもとあおたはほめられぬ)
・青田ほめる馬鹿(あおたほめるばか)
・青田ほめられ馬鹿ほめられ(あおたほめらればかほめられ)
【対義語】
・栴檀は双葉より芳し(せんだんはふたばよりかんばし)
・龍は一寸にして昇天の気あり(りゅうはいっすんにしてしょうてんのきあり)
・三つ子の魂百まで(みつごのたましいひゃくまで)
「青田と赤子はほめられぬ」の語源・由来
このことわざは、青田と赤子という、どちらもまだ育ちきっていないものを並べてできた言い方です。青田は実りの前の田、赤子は生まれて間もない子ですから、どちらも先の姿がまだ定まっていないものとして受け取られています。
まず「青田」は、見た目が青々として元気そうでも、その年の天気や水の具合、病気や虫のつき方で、秋の出来が大きく変わります。夏のあいだに立派に見えても、収穫のころまで同じようによいとは限りません。
そのため、農家の暮らしの中では、青田の段階で豊作を言い切ったり、出来をほめすぎたりすることは、慎むべきこととして感じられてきました。見た目のよさより、最後にどれだけ実るかが何より大事だったからです。
いっぽう「赤子」も、まだ育ちの途中にあります。顔立ちが整っているとか、泣き声が大きいとか、目がはっきりしているとかいったことだけでは、その子がどのように成長するかまでは分かりません。
そこで、青田と赤子は似たものとして結びつけられました。どちらも今の姿だけで将来を決めることができず、早くからほめて持ち上げても、のちにその通りになるとは限らない、という考え方です。
このことわざは、だれか一人の有名な言葉や、特定の物語から生まれたものとして伝わっているわけではありません。農のくらしと子育ての実感から、自然に形づくられてきた言い習わしと考えるのがいちばん無理のない受け取り方です。
また、これに近い言い方として、「子供と青田はほめられぬ」や「青田ほめる馬鹿」なども古くから伝わっています。言い回しは少し違っても、まだ先の分からないものを早く評価しすぎるな、という教えは共通しています。
「子供」より「赤子」という言葉を使う形では、いっそう幼く、先の見通しが立たない感じが強まります。そのため、今の見た目や、ほんの少しの出来ばえだけで将来を決めつけるのは早い、という戒めが、よりはっきり伝わります。
このことわざの大事なところは、希望を持ってはいけないという意味ではないことです。よく育ってほしいと願うことと、もう立派だと決めてしまうこととは別だ、という区別を教えてくれます。
だから、子どもの勉強や習い事でも、最初のうちに少しできたからといって、すぐ天才だと言い切る場面には、このことわざがよく合います。仕事や作品でも、始まったばかりのものを大げさにほめすぎるのは早い、という言い方に広げて使われます。
つまり「青田と赤子はほめられぬ」は、育ちの途中にあるものを、今だけ見て評価しきってはならないと教えることわざです。青い田と幼い子を並べることで、将来はまだ分からないのだから、落ち着いて見守ることが大切だと、やさしく伝えているのです。
「青田と赤子はほめられぬ」の使い方




「青田と赤子はほめられぬ」の例文
- 入学して最初の漢字テストが満点だっただけで、将来は作家になると言うのは青田と赤子はほめられぬ。
- 生まれたばかりの孫に向かって、きっと名選手になると決めるのは青田と赤子はほめられぬというものだ。
- 習い始めて一か月のピアノで一曲弾けた友人を、もう一流だと持ち上げるのは青田と赤子はほめられぬ。
- 田植えのあとすぐに葉色がよいからといって、大豊作を言い切るのは青田と赤子はほめられぬ。
- 入社まもない社員の最初の企画だけで、将来の働きぶりまで言い切るのは青田と赤子はほめられぬ。
- 始まったばかりの制度を数日の評判だけで大成功とほめそやすのは、青田と赤子はほめられぬ。























