【ことわざ】
朝比奈と首引き
【読み方】
あさひなとくびひき
【意味】
到底かなわないこと、相手があまりに強く、勝負にならないことのたとえ。


【英語】
・be no match for …(…にはまったくかなわない)
・can’t hold a candle to …(…に比べるとまるで及ばない)
【類義語】
・太刀打ちができない(たちうちができない)
・歯が立たない(はがたたない)
・手も足も出ない(てもあしもでない)
【対義語】
・互角(ごかく)
・五分五分(ごぶごぶ)
「朝比奈と首引き」の語源・由来
「朝比奈と首引き」は、強さで名高い朝比奈三郎(あさひなさぶろう)と、首引きをして勝とうとするようなもの、という発想から生まれたことわざです。ここでいう朝比奈は、鎌倉時代初期の武士、朝比奈三郎義秀(あさひなさぶろうよしひで)を中心に広がった伝説上の豪傑像を指します。
朝比奈三郎義秀は、和田義盛(わだよしもり)の三男として伝えられる人物です。1213年・建保(けんぽう)元年の和田合戦に関わる武士として記され、相模(さがみ)から安房(あわ)へ移ったことも伝えられています。
ただし、このことわざで重い意味を持つのは、歴史上の経歴そのものよりも、後の時代に作られた「とても力の強い武者」としての朝比奈像です。朝比奈という名は、朝比奈三郎とその伝説を指す言葉としても用いられ、謡曲や狂言の題材にもなりました。
首引きは、二人が向かい合って座り、輪にしたひもを互いの首に掛けて引き合い、引き寄せられたほうを負けとする遊びです。古くは頸引(くびひき)とも書かれ、1319年・文保(ぶんぽう)3年の『花園天皇宸記(はなぞのてんのうしんき)』にも、勝負事の一つとしてその名が出てきます。
つまり、このことわざは、首にひもを掛けて力で引き合う遊びを、並外れた剛力の武者と行うという、はじめから勝ち目のない場面を思い描かせる表現です。力の差が見えている勝負を、目に浮かびやすい形で言い表しているところに、このことわざの強さがあります。
朝比奈三郎の剛勇を広めた背景には、『曾我物語(そがものがたり)』の系統に見られる力くらべの場面もあります。『曾我物語』は、曾我兄弟の仇討ちを中心にした軍記物語で、南北朝時代ごろに成立したと考えられ、後に多くの能、幸若舞(こうわかまい)、浄瑠璃(じょうるり)、歌舞伎へ影響を与えました。
その中で有名なのが、草摺引(くさずりびき)です。和田義盛一門の酒宴で、朝比奈義秀が曾我五郎時致(そがのごろうときむね)の鎧(よろい)の草摺(くさずり:胴から下に垂れる防具の部分)をつかみ、宴席へ引き込もうとして力くらべになる話です。
この草摺引の趣向は、『曾我物語』から幸若舞曲の「和田酒盛(わださかもり)」へつながり、後には多くの浄瑠璃や歌舞伎に取り入れられました。さらに舞踊化され、草摺引物(くさずりびきもの)という一系統を形づくるほど、朝比奈の力くらべの場面は広く親しまれました。
1703年・元禄(げんろく)16年刊の歌謡集『松の葉(まつのは)』には、「腕押、首引、くさずりひき」といった力くらべの遊びや芸能を思わせる言葉が並んで出てきます。首引きや草摺引が、力を競う場面として人々に分かりやすい題材であったことがうかがえます。
また、狂言にも朝比奈を題材にした曲があり、閻魔(えんま)王が朝比奈三郎を地獄へ連れ去ろうとして、逆に負かされる筋が伝わっています。首引きも狂言の曲名としてあり、強い者との滑稽な勝負を舞台で見せる題材として知られています。
こうした伝承や芸能の広がりの中で、朝比奈は「かなうはずのない強者」を思わせる名として受け止められるようになりました。その朝比奈を相手に首引きをするという言い方は、ただ強い相手に挑むだけでなく、力量の差があまりにも大きく、勝負の形にならないことを示す表現になっています。
現在の「朝比奈と首引き」は、実際に首引きをする場面ではなく、学力、技術、体力、経験、資金力などの差が大きすぎる場合に使います。相手を軽く見る言葉ではなく、こちらの力が相手に遠く及ばないことを、昔の豪傑の名を借りて言い表すことわざです。
「朝比奈と首引き」の使い方




「朝比奈と首引き」の例文
- 新人チームが全国優勝校に正面から挑むのは、今の実力では朝比奈と首引きだ。
- 暗算を習い始めたばかりの妹がそろばん名人と速さを競うのは、朝比奈と首引きだ。
- 小さな町工場が資金力だけで巨大企業と広告合戦をするのは、朝比奈と首引きになる。
- ぼくの走力で県記録を持つ兄に短距離走で勝とうとするのは、朝比奈と首引きだ。
- 経験の浅い合唱部が全国常連校と同じ完成度を急に目指すのは、朝比奈と首引きと言える。
- 料理を始めたばかりの父が老舗の料理人と盛りつけの美しさを競えば、朝比奈と首引きだ。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館国語辞典編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・平凡社編『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、2007年。
・Cambridge University Press『Cambridge Advanced Learner’s Dictionary & Thesaurus』Cambridge University Press。
・HarperCollins Publishers『Collins COBUILD Advanced Learner’s Dictionary』HarperCollins Publishers。
・『曾我物語』南北朝時代ごろ成立か。
・秀松軒編『松の葉』1703年。























