【慣用句】
後へも先へも行かぬ
【読み方】
あとへもさきへもいかぬ
【意味】
動きがとれず、どうすることもできない状態。途方にくれ、にっちもさっちも行かないこと。


【英語】
・You can’t go forward, and you can’t back up.(先へ進めないし、後へも引けない)
【類義語】
・二進も三進も行かない(にっちもさっちもいかない)
・進退窮まる(しんたいきわまる)
「後へも先へも行かぬ」の語源・由来
「後へも先へも行かぬ」は、「後へ」と「先へ」という反対方向の言葉に、「行かぬ」を重ねた言い方です。「後」は人の背が向く方向、また物事のあとを表し、「先」は前方、行き着く所、将来などを表します。つまり、後ろへ退く道も前へ進む道もふさがれているという、具体的な身動きの取れなさから生まれた表現です。
この言い方で重要なのは、「行く」が、ただ歩いて移動することだけを表すのではない点です。「行く」には、物事が進行する、事が運ぶという意味もあります。そのため「行かぬ」は、足で動けないことから、計画・生活・交渉などがうまく運ばないことへ、自然に意味を広げることができます。
古い用例として、『物種集(ものだねしゅう)』(延宝六年九月・1678年ごろ、江戸時代前期)に、「跡へもさきへもゆかぬ往生」とあります。この作品は俳諧の作品集で、書名の読みと成立時期も伝わっています。また、後の書誌では『物種集』を井原西鶴編の俳諧作品として扱っています。
この古い用例では、現在よく書く「後」ではなく、「跡」の字が使われています。また、現代の読みでは「いかぬ」が自然ですが、古い用例では「ゆかぬ」と書かれています。「いく」と「ゆく」はほとんど同じ意味で使われますが、古くは「ゆく」が広く用いられ、慣用句にも古雅な「ゆく」の形が残ることがあります。
『物種集』の前後には、「跡へもさきへもゆかぬ往生」と「書置にこれまでのする石車」という句が並んでいます。「石車」は、大石を運ぶための低くて重い車を指します。重い物を動かす車のイメージと、「往生」という死や行き詰まりを思わせる言葉が重なり、どちらへも動けない切迫した状態が、俳諧らしい機知をもって表されています。
その後、この表現は、文字どおり前後に動けない場面だけでなく、物事がどうにも進まなくなった状態を表す慣用句として定着しました。現在では、借金・仕事・人間関係・予定の失敗などにより、進むことも引くこともできなくなった場面で広く用いられます。「前にも後ろにも進路がない」という分かりやすい形が、困りきった状態を強く伝えるため、今も使われている表現といえます。
「後へも先へも行かぬ」の使い方




「後へも先へも行かぬ」の例文
- 会社の資金が尽き、借入先も見つからず、後へも先へも行かぬ状態になった。
- 約束の時間を間違え、連絡もつかず、健太は後へも先へも行かぬ気持ちで駅に立っていた。
- 資料を家に忘れ、発表の順番もすぐそこまで来て、後へも先へも行かぬ状況だった。
- 両方の意見を引き受けてしまい、どちらにも断れず、後へも先へも行かぬ立場に追い込まれた。
- 工事の材料が届かず、予備の部品もなく、現場は後へも先へも行かぬ状態になった。
- 宿題の締め切りを何度も延ばしてもらったため、今さら言い訳もできず、後へも先へも行かぬことになった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・井原西鶴編『物種集』1678年。
・林伸一「四字熟語と日本語の慣用句の語順について―『東西南北』・『前後左右』・『表裏一体』など―」『山口国文』第41号、山口大学人文学部国語国文学会、2018年。























