【故事成語】
暗室を欺かず
【読み方】
あんしつをあざむかず
【意味】
人目のない場所でも、良心に背く行いをしないこと。


【英語】
・be scrupulously honest even when there is no one around.(だれもいない所でもきわめて誠実である)
【類義語】
・屋漏に愧じず(おくろうにはじず)
・独を慎む(ひとりをつつしむ)
【対義語】
・自欺(じき)
「暗室を欺かず」の故事
暗室とは、もともと暗い部屋、または人目につかない場所のことです。この表現では、実際に暗い部屋だけでなく、だれにも見られていない場所を表し、「欺かず」は他人をだまさないことから、自分の良心に背くことをしないという意味へ広がっています。
この故事成語の核には、中国・南朝梁の簡文帝(かんぶんてい)に関わる記述があります。『梁書』(629年・唐代、姚思廉ら撰)は南朝梁の歴史を記した正史で、簡文帝は侯景(こうけい)に擁立されて即位したものの、実権を握られ、のちに廃位されて命を落としました。
『梁書』巻四には、簡文帝が幽閉されたとき、壁に自分の思いを書きつけたことが記されています。その中の「弗欺暗室,豈況三光」は、暗い部屋でさえ心を欺かなかったのだから、まして日・月・星の光の下で欺くはずがない、という意味です。
ここで大切なのは、暗い所にいるか、明るい所にいるかという外からの条件ではありません。簡文帝は、乱の中で身の自由を奪われた場面でも、自分の立てた道を始めから終わりまで変えなかったと述べており、「暗室を欺かず」は、人の目が届かない所ほど、その人の本当の品性が表れるという考えにつながっています。
その後、唐代初期の駱賓王『螢火賦』にも、「類君子之有道,入暗室而不欺」という形が出てきます。これは、暗い所でも自分の光を失わない蛍を、道を備えた君子になぞらえる文脈で、だれも見ていない所で欺かないという徳を示しています。
中国語では、「不欺暗室」「暗室不欺」の形でも用いられ、独りでいて見られていない時にも良心に背くことをしない、という成語としてまとまっています。暗い部屋そのものよりも、人目のない場所で自分をどう律するかを重んじる言い方です。
日本の漢詩文でも、早い時期に近い表現が使われています。『菅家文草(かんけぶんそう)』(900年ごろ・平安時代前期、菅原道真著)に収められた『昧旦求衣賦』には、「暗室嬰帶,懷黔首於不欺」とあり、夜明け前に身なりを整え、人目につきにくい所でも民を欺かない政治の心を表しています。
このように、「暗室を欺かず」は、単なる「人に見つからなければよい」という考えの反対に立つ表現です。現在は、外からの監視ではなく、自分の内側にある良心を基準にして行動することを表す、落ち着いた重みのある故事成語として使われます。
「暗室を欺かず」の使い方




「暗室を欺かず」の例文
- 暗室を欺かず、健太はだれもいない教室で拾ったお金を先生に届けた。
- 暗室を欺かずという思いから、彼女は友人の答案を見られる席でも目をそらした。
- 会社の備品を私用に持ち帰らない態度は、暗室を欺かずの精神にかなう。
- 暗室を欺かずを守る人は、見られていない場所でも約束を破らない。
- 祖父は暗室を欺かずを大切にし、帳簿の小さな誤りもその日のうちに直した。
- 大会の審判がいない場所でも、彼は暗室を欺かず、反則を自分で申し出た。
主な参考文献
・北京・商務印書館・小学館共同編集『中日辞典 第3版』小学館、2016年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・姚思廉ら撰『梁書』629年。
・駱賓王『螢火賦』唐代。
・菅原道真『菅家文草』900年。























