【故事成語】
蛾の火に赴くが如し
【読み方】
がのひにおもむくがごとし
【意味】
蛾が灯火へ飛び込んで身を焼くように、自ら進んで危険へ向かい、破滅を招くこと。


【英語】
・like a moth to a flame.(蛾が炎に引き寄せられるように、何かに強く引き付けられる)
【類義語】
・飛んで火に入る夏の虫(とんでひにいるなつのむし)
【対義語】
・明哲保身(めいてつほしん)
「蛾の火に赴くが如し」の故事
「蛾の火に赴くが如し」は、中国の史書『梁書(りょうしょ)』巻四十の「到漑伝」に出てくる「如飛蛾之赴火」にもとづく表現です。原文を訓読した「飛蛾の火に赴くが如し」から、初めの「飛」を省いた形として用いられています。
『梁書』は、南朝の梁の歴史を記した全五十六巻の正史です。唐の姚思廉が編纂し、貞観十年に当たる636年ごろに成立しました。
この一節が出てくるのは、南朝梁の武帝に仕えた到漑と、その孫である到藎をめぐる場面です。到藎は若いころから聡明で、文章の才能にも恵まれていました。
あるとき、到藎は武帝に従って京口へ行き、北顧楼に登りました。武帝が詩を作るよう命じると、到藎はすぐに書き上げ、その才能を示しました。
武帝はその詩を祖父の到漑に見せ、「到藎はまことに才子である。近ごろのお前の文章も、実は孫に書いてもらっているのではないか」と、冗談を言いました。
さらに武帝は、到漑に「連珠」という文章を贈りました。その中に「如飛蛾之赴火、豈焚身之可吝」とあり、蛾が火へ向かうように、身を焼くことさえ惜しまない姿を表しています。
武帝はそのあとで、到漑にはもう老年が訪れているのだから、若い到藎の力を借りてもよいではないかと続けています。この場面では、深刻な教訓を述べるというより、祖父と孫の文才を題材にした、機知に富む文章の中で蛾と火の比喩を用いています。
ただし、蛾が火へ近づけば、最後には自らの身を焼いてしまいます。原文にも「焚身」という言葉があるため、この比喩には、目指すものにひたすら向かう姿と、そのために身を滅ぼす危うさの両方が含まれています。
よく似た表現は、『梁書』より早く成立した『魏書(ぎしょ)』(554年・北斉、魏収編)の「崔浩伝」にも出てきます。崔浩は、慕容垂のもとへ同族の人々が集まる様子を「若夜蛾之赴火」、すなわち夜の蛾が火へ向かうようだと表しました。
『魏書』の用例では、多くの人が一つの目標へ強く引き寄せられる様子に重心があります。『梁書』では、さらに身を焼くことへ言及したため、破滅を顧みずに進むという意味が、よりはっきりと表れています。
後代の中国では、この表現が「飛蛾赴火」「飛蛾撲火」「飛蛾投火」などの短い形になりました。そして、蛾が自ら炎へ飛び込む姿から、自分で死地を求め、自ら滅亡を招くことを表す言葉として定着しました。
清代の『通俗編』(1751年、翟灝著)も、「飛蛾赴火」の項で『魏書』と『梁書』の二つの用例を並べています。蛾が火へ集まる古い比喩が、長い年月を経て一つの表現としてまとめられたことが分かります。
日本語では、「飛蛾火に赴く」や「飛蛾の火に赴くが如し」といい、「蛾の火に赴くが如し」とも表します。「飛んで火に入る夏の虫」と同じく、目先の魅力に心を奪われ、自分から危険や破滅へ進むことを戒める言葉です。
「蛾の火に赴くが如し」の使い方




「蛾の火に赴くが如し」の例文
- 高い利益を約束する怪しい話に全財産を投じるとは、蛾の火に赴くが如しだ。
- 危険だと忠告されても賭け事をやめない彼の姿は、蛾の火に赴くが如しであった。
- 敵の罠と知りながら欲に目がくらんで近づくのは、蛾の火に赴くが如しというものだ。
- 蛾の火に赴くが如しにならないよう、甘い誘いほど慎重に確かめる必要がある。
- 不正な利益を求めて犯罪に手を染める行為は、まさに蛾の火に赴くが如しである。
- 目先の名声に引かれて身を危険にさらす彼を見て、蛾の火に赴くが如しという言葉を思い出した。
主な参考文献
・公益財団法人日本漢字能力検定協会編『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年。
・姚思廉『梁書』唐、636年ごろ。
・魏収『魏書』北斉、554年。
・翟灝『通俗編』翟氏無不宜斎、1751年。
・弘中満太郎・針山孝彦「昆虫が光に集まる多様なメカニズム」『日本応用動物昆虫学会誌』第58巻第2号、日本応用動物昆虫学会、2014年。























