【ことわざ】
飼い犬に手を噛まれる
【読み方】
かいいぬにてをかまれる
【意味】
ふだんから目をかけていた配下の者やかわいがっていた者に、思いがけなく攻撃されたり裏切られたりして、ひどい目にあうこと。


【英語】
・bite the hand that feeds you.(助けてくれる人、世話をしてくれる人に悪いことをする)
【類義語】
・恩を仇で返す(おんをあだでかえす)
・後足で砂をかける(あとあしですなをかける)
・庇を貸して母屋を取られる(ひさしをかしておもやをとられる)
【対義語】
・犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ(いぬはみっかかえばさんねんおんをわすれぬ)
「飼い犬に手を噛まれる」の語源・由来
「飼い犬に手を噛まれる」は、かわいがって養っている犬に、かえって手を噛まれるという、身近で強い印象を残すたとえから生まれたことわざです。「飼う」は、動物に食べ物や水を与えて養うことを表し、「手飼(てがい)」は、自分の手で餌を与えたり、自分の手もとで飼ったりすることを表します。つまり、このことわざの根には、「自分が直接世話をしてきたものから害を受ける」という具体的な場面があります。
「手飼」は、人間関係にも意味を広げました。「手飼の者(てがいのもの)」は、目をかけて養った部下や子飼いの部下を指す言い方で、上杉家文書の永祿七年(一五六四年)の文書にも「手飼之者」という形が出てきます。このように、もとは動物を手もとで養う意味だった言葉が、後には自分が引き立ててきた配下の者にも用いられるようになりました。
現在の形に近い古い言い方としては、「手飼の犬に手くわるる」「飼かう犬に手をくわるる」などがありました。「手飼」も「飼かう」も、自分の手で動物に食物や水を与えて養う意味をもちます。「飼い犬に手を噛まれる」という形は、江戸時代中期以降に定着した表現といえます。
同じ発想は、「手を食われる」という言い方にも表れています。これは、日ごろから目をかけ、かわいがっている者に裏切られることを表し、「飼犬に手をかまれる」と同じ意味で用いられました。浄瑠璃(じょうるり)『本朝三国志(ほんちょうさんごくし)』(一七一九年初演)には、「エエ飼かふ犬はまだしも、灰猫めに手をくはれたる口惜や」とあり、世話をしていた相手から思いがけずひどい仕打ちを受けるくやしさが、動物に手を食われるたとえで表されています。
また、『譬喩尽(たとえづくし)』(一七八六年序・江戸時代中期、松葉軒東井編)は、ことわざを集めた書物で、このことわざの出典として伝わっています。近世には、犬を飼うという日常的な行為と、目をかけてきた者に裏切られるという人間関係の痛みが重ね合わされ、ことわざとして広く通じる形になっていきました。
近代以降の文章でも、このことわざは「自分が入れてやった」「目をかけてきた」と思っていた相手に裏切られた場面で使われています。三島由紀夫『夜の向日葵』(一九五三年)にも、目をかけて入れてやった相手に裏切られたという文脈で「飼い犬に手を噛まれるって、このことだわ」という用例があります。現在でも、単なる裏切り一般ではなく、世話をし、信頼し、引き立ててきた相手から害を受ける場合に、このことわざがふさわしく使われます。
「飼い犬に手を噛まれる」の使い方




「飼い犬に手を噛まれる」の例文
- 長年面倒を見た部下に顧客名簿を持ち出され、社長は飼い犬に手を噛まれる思いを味わった。
- 新人のころから育てた後輩が大事な約束を破り、先輩は飼い犬に手を噛まれるとはこのことだと嘆いた。
- 世話をしていた弟子が師匠の技を勝手に売り物にし、飼い犬に手を噛まれる結果となった。
- 町内会で引き立ててきた若手役員に会計記録を改ざんされ、会長は飼い犬に手を噛まれる痛手を受けた。
- 長く支援した選手が恩ある監督を公然と中傷し、飼い犬に手を噛まれるような騒ぎになった。
- 店主が仕事を教え込んだ店員に売上金を持ち逃げされ、飼い犬に手を噛まれるつらさを知った。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・集英社辞典編集部編『会話で使えることわざ辞典』集英社、1989年。
・松葉軒東井編、宗政五十緒校訂『たとへづくし : 譬喩尽』同朋舎出版、1981年。























