【ことわざ】
勧学院の雀は蒙求を囀る
【読み方】
かんがくいんのすずめはもうぎゅうをさえずる
【意味】
ふだん見たり聞いたりしていることは、特に教わらなくても自然に覚えるというたとえ。


【英語】
・learn by osmosis.(見聞きするうちに、無意識のうちに学ぶ)
【類義語】
・門前の小僧習わぬ経を読む(もんぜんのこぞうならわぬきょうをよむ)
【対義語】
・習わぬ経は読めぬ(ならわぬきょうはよめぬ)
「勧学院の雀は蒙求を囀る」の語源・由来
「勧学院の雀は蒙求を囀る」は、平安時代の教育施設である勧学院と、そこで読まれた中国の教科書『蒙求』を背景にもつことわざです。勧学院は、平安時代の大学別曹の一つで、弘仁十二年、821年に藤原冬嗣が藤原氏の子弟を教育するために創立した施設です。
大学別曹とは、有力な氏族が子弟のために大学寮の近くに設けた寄宿・教育のための施設です。勧学院は、藤原氏の子弟が学ぶ場所として、学問と貴族社会を結びつける大切な役割をもっていました。
「蒙求」は、唐の李瀚が撰した中国の初等教科書です。古代から南北朝時代までの人物の言行や伝記を、覚えやすい四字句にまとめた書物で、後の時代まで漢文を学ぶ人々の入門書として用いられました。
『蒙求』は天宝五年、746年以前に成立したとされます。短い四字句を二つずつ対にし、韻をふんで口ずさみやすくしてあるため、声に出して覚える学習に向いた書物でした。
このことわざは、勧学院にいる雀が、学生たちの読む『蒙求』をいつも聞いているうちに、その文句を覚えてさえずるようになった、という見立てから生まれています。もちろん、実際に雀が漢文を理解したという意味ではなく、聞き慣れたものは自然に身につくということを、親しみやすく表したものです。
古い用例として、『宝物集』(ほうぶつしゅう)にこの言い方が出てきます。『宝物集』は平康頼の著とされる平安末期の仏教説話集で、治承年間、1177〜1181年ごろの成立とされます。
『宝物集』には、「ゐなか山寺にただしばし侍りしに、勧学院のすずめは蒙求をさへづり」という例が残ります。ここでは、しばらく山寺にいただけで仏教の教えや作法にふれることを、勧学院の雀が『蒙求』を聞き覚えるという有名な言い方に重ねています。
この用例から分かるのは、このことわざが、単に学校のにぎやかさを言ったものではなく、周囲の環境によって人が自然に学ぶことを表す言葉として、すでに中世の文章で使われていたということです。勧学院という学びの場と、『蒙求』という暗誦に向いた教科書が結びついたため、ことわざとして印象深い形になりました。
後には、同じ意味を表す言葉として「門前の小僧習わぬ経を読む」が広く知られるようになりました。こちらは、寺の門前で暮らす子どもが、いつも読経を聞いているうちに、教わらなくても経を読めるようになるというたとえです。
現在の「勧学院の雀は蒙求を囀る」は、家庭、学校、職場、習い事などで、身近にあるものが自然に人へ影響することを述べるときに用いられます。よい言葉やよいふるまいに囲まれていれば、それもまた知らず知らずのうちに身につく、という教えを含むことわざです。
「勧学院の雀は蒙求を囀る」の使い方




「勧学院の雀は蒙求を囀る」の例文
- 料理人の家で育った兄は、勧学院の雀は蒙求を囀るように、幼いころから包丁の使い方を覚えていた。
- 母が毎日英語の歌を流していたので、弟は勧学院の雀は蒙求を囀るとばかりに自然と歌詞を口ずさんだ。
- 職人の仕事をそばで見続けた弟子は、勧学院の雀は蒙求を囀るように、道具の扱いを少しずつ覚えた。
- 兄が将棋の解説をよく見ていたため、妹も勧学院の雀は蒙求を囀るように駒の動かし方を覚えた。
- 祖父の店で毎日客への応対を聞いていた彼は、勧学院の雀は蒙求を囀るように丁寧な言葉づかいが身についた。
- 勧学院の雀は蒙求を囀るというように、子どもは身近な大人の言葉や態度から多くを学ぶ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年。
・平康頼『宝物集』治承年間ごろ。
・李瀚『蒙求』唐、746年以前成立。























