【故事成語】
雁書
【読み方】
がんしょ
【意味】
手紙。便り。特に、遠く離れた人から届く音信や、相手へ送る書信を表す言葉。


【英語】
・letter(手紙)
【類義語】
・雁信(がんしん)
・雁札(がんさつ)
・書簡(しょかん)
「雁書」の故事
「雁書」は、中国の歴史書『漢書』(かんじょ)に出てくる蘇武(そぶ)の故事にもとづく言葉です。『漢書』は、後漢の班固らが前漢の歴史を記した正史で、前漢の高祖から王莽の時代までを扱います。
故事の中心人物である蘇武は、前漢の武将で、匈奴(きょうど)へ使節として赴きました。匈奴の地で捕らえられましたが、降伏せず、十九年間も節を守り通した人物として伝わります。
『漢書』巻五十四「李広蘇建伝」には、蘇武が匈奴にとどめられた後、漢と匈奴の関係がやわらぎ、漢が蘇武たちの返還を求めた場面が出てきます。ところが、匈奴は「蘇武は死んだ」と偽って答えました。
そのとき、蘇武の部下であった常惠は、漢の使者にひそかに会い、単于(ぜんう:匈奴の君主)に伝える言葉を授けました。単于は、匈奴の君主の称号です。
常惠が教えた言葉は、「天子が上林苑(じょうりんえん)で雁を射たところ、その足に帛書(はくしょ)が結びついており、蘇武たちは某沢にいると書いてあった」という内容でした。上林苑は漢の武帝が広げた大庭園で、帛書は絹布に書いた書を指します。
使者がその通りに単于を責めると、単于は驚き、蘇武たちが実際に生きていることを認めました。この場面で、雁の足に結びつけられた書が、遠く離れた人の消息を伝えるものとして重要な役割を果たします。
この故事から、雁が手紙を運ぶという発想が生まれ、「雁の使ひ」は便り・手紙を表す言葉になりました。同じ流れの中で、「雁書」「雁信」「雁札」も、手紙や音信を表す言葉として用いられるようになりました。
「雁」は渡り鳥であり、遠くを行き来する姿から、離れた場所の消息を伝える使者として受け止められました。そのため、雁と手紙を結びつける表現は、単なる鳥の名ではなく、遠方の人からの便りを思わせる美しい言い方になったのです。
日本語では、平安時代前期の勅撰漢詩文集『文華秀麗集(ぶんかしゅうれいしゅう)』(818年成立)に、「雁書」を雁そのものに転じて用いた例が出てきます。この段階では、雁と書信の結びつきが漢詩文の表現として日本にも受け入れられていたことが分かります。
手紙を表す古い用例としては、平安時代中期の漢詩集『扶桑集』(995〜999年ごろ)に、「雁書欲レ寄二涙添文一」という句が出てきます。これは、雁書を寄せようとして、涙が文に添わるという内容で、離れた相手へ送る手紙という意味で使われています。
江戸時代前期の俳諧撰集『犬子集(えのこしゅう)』(1633年、松江重頼編)にも、「文づらもみだして送る鴈書哉」という用例があります。ここでは、書きぶりを乱しながら送る手紙を「鴈書」と呼んでおり、近世にもこの言葉が文芸の中で生きていたことがうかがえます。
現在の「雁書」は、ふつうの「手紙」と同じ意味を持ちながら、古典的で上品な響きを添える言葉です。もとは『漢書』の蘇武の故事にある、雁の足に結ばれた書の話から、遠くの人の思いや消息を伝える手紙を表す故事成語として伝わっています。
「雁書」の使い方




「雁書」の例文
- 旅先から届いた雁書には、湖のほとりで見た夕焼けの美しさがつづられていた。
- 祖父は古い箱の中から、若いころ友人に送った雁書を見つけた。
- 遠く離れた母への雁書に、彼は無事に暮らしていることを丁寧に書いた。
- 戦地からの雁書を待つ家族の思いは、日ごとに深くなっていった。
- その小説では、一通の雁書が長く離れていた二人を再び結びつける。
- 筆で書かれた雁書には、短い言葉の中にも相手を思う心がこもっていた。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・白川静『字通 普及版』平凡社、2014年。
・班固ら『漢書』1世紀成立。
・『文華秀麗集』818年成立。
・紀斉名編『扶桑集』995〜999年ごろ。
・松江重頼編『犬子集』1633年。
・Cambridge University Press, 『Cambridge Dictionary.』























