【慣用句】
陰で糸を引く
【読み方】
かげでいとをひく
【意味】
人目につかない裏側にいて、物事を支配したり、他人に指図して思いどおりに動かしたりする。


【英語】
・pull the strings behind the scenes.(表に出ず、裏から人や物事を操る)
【類義語】
・裏で操る(うらであやつる)
・裏工作(うらこうさく)
「陰で糸を引く」の語源・由来
「陰で糸を引く」は、操り人形を動かす人が、観客から見えない場所で糸を引き、人形の手足や体を動かす姿をたとえにした言い方です。人形そのものが動いているように見えても、実際には、陰にいる人形遣いがその動きを支配しています。
ここでの「陰」は、日光の当たらない所という意味ではなく、人目に触れない裏側を指します。「糸を引く」は、糸を通して人形の動きを決めることから、表に出ずに他人へ指図し、その行動を操るという意味へ移りました。
日本では、中世から、糸を用いて人形を動かす技法が知られていました。伏見宮貞成親王の日記『看聞御記(かんもんぎょき)』(1416〜1448年・室町時代前期)には、応永28年(1421)の記事として、人形を「あやつりて」動かしたことが記されています。
この段階の「あやつる」は、物に糸などを付け、物陰から引いて動かすという具体的な行為を表しています。人形の動きが、見えない所にいる人の手によって生み出される仕組みは、のちの比喩表現の土台となりました。
『中華若木詩抄(ちゅうかじゃくぼくししょう)』(1520年ごろ成立・室町時代後期)にも、「此傀儡は、木を刻んで、それを糸にてあやつりて」とあります。木を刻んで作った傀儡(かいらい)、つまり人形を糸で操る様子を述べたものです。
江戸時代前期の『有馬私雨(ありましぐれ)』(1672年、平子政長撰、生白堂行風校)には、「からくりの糸ひくならで糸まきし人形筆をつかふ面白」とあります。ここでは「糸ひく」が、からくり人形の糸を実際に引く行為を表しています。
その後、「糸を引く」は、人形を動かす具体的な行為から、人間を裏で動かす比喩へと広がりました。人形浄瑠璃『神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)』(1770年・江戸時代中期、福内鬼外作)には、「新田足利威を争ひ、合戦に及ぶ様に糸を引かせ」とあります。
この用例では、実際に糸を引いて人形を動かすのではなく、新田氏と足利氏が争い、合戦に及ぶよう、裏から仕向けることを「糸を引く」と表しています。18世紀にはすでに、見えない所から人を動かすという、現在に近い意味で使われていたことが分かります。
「陰で糸を引く」という現在と同じ形の古い用例には、矢田挿雲の『江戸から東京へ』(大正10年〈1921〉刊)があります。下田開港をめぐる場面で、「江川太郎左衛門が陰で糸を引いてる」と書かれており、表に出ない人物が背後から物事を動かすという意味で使われています。
このように、「陰で糸を引く」は、人形遣いが糸によって人形を操る姿から生まれました。現在は、単に人を助けたり助言したりする場合ではなく、自分は表に出ないまま、他人や出来事を思いどおりに動かす場合に用いられる、やや否定的なニュアンスをもつ表現です。
「陰で糸を引く」の使い方




「陰で糸を引く」の例文
- 一連の騒ぎには、利益を得ようとする人物が陰で糸を引いていた。
- 社員たちの反対運動は、元の役員が陰で糸を引いて起こしたものだった。
- 同じうわさが町中に広まったため、誰かが陰で糸を引いていると疑われた。
- 警察は、若者たちを陰で糸を引いて操っていた人物を突き止めた。
- 会長が陰で糸を引き、自分に都合のよい人事を進めていたことが明らかになった。
- 候補者は自分の判断で動いているように見えたが、実際には支援者が陰で糸を引いていた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・『小学館プログレッシブ和英中辞典 第4版』小学館、2011年。
・伏見宮貞成親王『看聞日記』1416〜1448年。
・『中華若木詩抄』1520年ごろ。
・平子政長撰、生白堂行風校『有馬私雨』1672年。
・福内鬼外『神霊矢口渡』1770年。
・矢田挿雲『江戸から東京へ』金桜堂書店、1921年。























