【故事成語】
市に帰するが如し
【読み方】
いちにきするがごとし
【意味】
徳のある人のもとに、人々が慕って大勢集まること。市に人が集まるようすにたとえた言い方。


【英語】
・people flock to a virtuous person(人々が徳のある人のもとへ大勢集まる)
【類義語】
・徳は孤ならず必ず隣あり(とくはこならずかならずとなりあり)
・仁者に敵なし(じんしゃにてきなし)
「市に帰するが如し」の故事
「市に帰するが如し」は、『孟子(もうし)』梁恵王下に出てくる「従之者如帰市」という言葉に基づく故事成語です。『孟子』は、中国戦国時代の思想家である孟子の言行や思想を伝える書物で、仁義による政治や王道の考えを説く古典です。
この言葉が出てくる場面では、滕(とう)の文公が孟子に相談します。滕は小さな国で、大国に力を尽くして仕えても侵略を免れられないが、どうすればよいか、という切実な問いでした。孟子は、それに答えるため、周の大王、すなわち古公亶父(ここうたんぽ)の故事を語ります。
古公亶父は、はじめ邠(ひん)に住んでいました。ところが、狄人(てきひと)が攻めてきます。古公亶父は、皮幣(ひへい:毛皮や織物)、犬や馬、珠玉(しゅぎょく:宝物)を差し出して争いを避けようとしますが、相手は攻撃をやめません。
そこで古公亶父は、耆老(きろう:年長の人々)を集めて、「狄人が欲しがっているのは、わたしの土地である。人々を養うための土地によって、人々を害してはならない」と告げます。そして、自分はこの地を去ると決めます。君主の地位や土地を守るために民を傷つけるのではなく、民の命を守るために自分が退く、という判断でした。
古公亶父は邠を去り、梁山(りょうざん)を越えて、岐山(きざん)のふもとに移り住みます。すると邠の人々は、「仁人也、不可失也」、つまり「この方は仁のある人だ。失ってはならない」と考え、古公亶父に従いました。その人々の集まり方を、『孟子』は「従之者如帰市」、つまり「従う者は市に帰するが如し」と表しました。
ここでいう「市」は、物を売り買いする場所であり、多くの人が自然に集まる場所です。「帰する」は、ある所に落ち着く、寄り集まる、また心を寄せて従うという意味を含みます。したがって「市に帰するが如し」は、命令や力で人を集めるのではなく、徳のある人柄にひかれて、人々が自ら集まる様子を表しています。
この故事の中心にあるのは、人気者のもとに人が集まるという軽い意味ではありません。人を大切にし、正しい判断をし、信頼される人のもとには、人々が安心して近づき、支えようとするという考えです。孟子の文脈では、よい政治とは、土地や力を誇ることではなく、人の心を得ることにある、という教えにつながっています。
現在の「市に帰するが如し」も、この意味を受けついでいます。先生、指導者、友人、地域のまとめ役などが、誠実な行いによって周囲から慕われ、多くの人が自然に集まるときに使うと、故事成語の本来の味わいがよく伝わります。
「市に帰するが如し」の使い方




「市に帰するが如し」の例文
- 町の人に親身に向き合う医師の診療所には、市に帰するが如しといえるほど患者が集まった。
- 校長先生の誠実な姿勢にひかれ、保護者も生徒も市に帰するが如しのように相談へ訪れた。
- 困っている人を見過ごさない彼の周りには、市に帰するが如しという言葉どおり仲間が集まる。
- その店主は利益よりも客の信頼を大切にし、市に帰するが如しと評されるほど慕われた。
- 地域活動を続ける代表のもとへ、市に帰するが如しのように若い人たちが集まった。
- 市に帰するが如しとは、徳ある人のもとへ人々が自然に集まることを表す故事成語である。
主な参考文献
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・『孟子』梁恵王下。























