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「犬も歩けば棒に当たる」の意味
【ことわざ】
犬も歩けば棒に当たる
【読み方】
いぬもあるけばぼうにあたる
【意味】
①出しゃばって何かをしようとすれば、思いがけない災難にあうということ。
②行動すれば、思いがけない幸せにめぐり会うことがある。
【類義語】
・犬も歩けば棒に会う
・歩く犬が棒にあたる
・歩く足には泥がつく
・歩く足には棒あたる
・出るくいは打たれる
・高木風に憎まる
「犬も歩けば棒に当たる」の2つの意味(北村孝一コラム)
ことわざ研究者(ことわざ学会代表理事)。エッセイスト。学習院大学非常勤講師として「ことわざの世界」を講義した(2005年から断続的に2017年3月まで)。
用例や社会的背景を重視し、日本のことわざを実証的に研究する。多くのことわざ資料集を監修し、『故事俗信ことわざ大辞典』第2版(小学館、2012)を編纂・監修した。後者を精選しエッセイを加え、読みやすくした『ことわざを知る辞典』(小学館、2018)も編んでいる。視野を世界にひろげ、西洋から入ってきた日本語のことわざの研究や、世界のことわざを比較研究した著書や論考も少なくない。近年は、研究を続けるほか、〈ミニマムで学ぶことわざ〉シリーズ(クレス出版)の監修や、子ども向けの本の執筆にも取り組んでいる。
このかるたのことを「犬棒かるた」と呼ぶことは、みなさんもご存じですね。
このことわざは、いろはの「い」だから印象が強いだけでなく、二つの相反する意味があることも大きな特徴です。
たとえば、『広辞苑』では「犬」の項で次のように説明されています。
犬も歩けば棒に当る
物事を行う者は、時に禍いにあう。また、やってみると思わぬ幸いにあうことのたとえ。
(『広辞苑』7版)
失礼ながら、「物事を行う者」というのは、あまりぴんときませんね。
私なら「積極的に行動する者」とでもしたいところです(見方によっては、出しゃばって物事を行う者とみなされることもあります)。
そういう者は、とかく禍(わざわい)にあうということになります。
「やってみると」というのも、やや舌たらずで、ことわざの「犬も歩けば」という表現にそって比喩を考えると、「あちこち出歩いていると」あるいは「いろいろやっているうちに」ということでしょう。
こちらは、思いがけない幸運にあうことになります。
同じ「犬も歩けば棒に当たる」の意味が、一方では「禍」にあうことになり(災難説)、もう一方ではまったく逆に、幸運にあうことになる(幸運説)というのは、不思議ですね。
どうして、そんなことがおこるのでしょうか。
現代人がこのことわざの意味をよく知らずに、「犬も歩けば棒に当たる」という文を見ると(聞くと)、幸運にであうとは思えないでしょう。
かるたの絵を見ても、たいてい犬が棒を投げつけられた場面がえがかれていて、痛そうに片足をあげていますから、禍と思うのがふつうの感覚です。
しかし、このことわざは、江戸時代中期(18世紀初期)から用例がのこっていて、当時から幸運にあうという意味でも使われていたことがわかっています。
この受け取りかたのちがいは、どこから生じるのでしょうか。
ここで、いちばん注目したいのは「犬」です。
犬は江戸時代もいまも変わらないと思いがちですが、犬の比喩的な(つまり、たとえとしての)意味やイメージは、時代によって大きく変わっています。
徳川家康は、新参の(侍にとりたてられたばかりの)身分の低い者に「犬々三年人一代、人々(ひとひと)三年犬一代」という古いことわざをよく引いて、教えていたといいます(本居宣長『玉勝間』)。
最初の三年は、人に犬といわれても堅実(けんじつ)に倹約(けんやく)して暮らし、仕事にはげみ借金をしなければ、その後は人として恥ずかしくない生活が一生できる。
しかし、酒や宴会をこのんで人にふるまい、派手な生活をしていると、欲のない気前のよい人ともてはやされるが、三年もすると金もなく馬ももてず、人に借りたものも返せず、武士の務めがはたせなくなって、世間からばかにされ、一生笑い者になってしまう、ということです。
この家康のエピソードから、当時の「犬」は、まずしく身分の低い人々やその生活ぶりのたとえとして使われていたことがわかります。
「犬」は、生命力が強く、安産とされ、活動的で、主人や家を守るなど、プラスのイメージもありますが、身分制度がきびしい時代には、身分の低い者をさしていたことは間違いありません。
これは、「犬も歩けば…」ということわざの二つの意味(二重の意味)を解き明かすうえで、重要なカギになると私は考えています。
少しむずかしい話になりましたが、大まかにいうと、「犬も」といったときに、「犬」を見下して、自分は「犬」ではないと思っている人は、災難説にかたむきます。
むやみに動いて、よけいなことをするから、禍にあうと考えるのです。
もちろん、人間は犬ではありませんが、ある意味で、自分は「犬」だ、身分の低い者、貧しい者だと思っている人(特権のない庶民といってよいでしょう)は、どちらかというと幸運説に共感します。
しがない庶民だって、ツキがまわってくることもある、と暗にいいたいのです。
「犬も歩けば棒に当たる」の二つの意味については、多くのことわざ辞典や本がふれていますが、いま述べた身分の視点をわすれている(避けている?)ために、なぜ二つの意味・用法が並行して使われるのか、解明されていないのではないでしょうか。
©2024 Yoshikatsu KITAMURA
「犬も歩けば棒に当たる」の使い方
「犬も歩けば棒に当たる」の例文
- ともこちゃんは、勇気を出して新しいクラブ活動に参加したら、たくさんの友達ができた。犬も歩けば棒に当たるだ。
- 妹は、犬も歩けば棒に当たるということわざを心に留めて、お祭りで初めての縁日ゲームに挑戦したら、大きなぬいぐるみをゲットすることができた。
- 遊園地に行ったとき、お母さんから離れて一人でうろうろしていたら、知らないおじさんにぶつかってどなられた。犬も歩けば棒に当たるだなぁ。
- じっとしていても問題は解決しない。犬も歩けば棒に当たるであちこちに顔を出してみたら、割とあっさり問題が解決した。
- 今日は学校が休みで天気も良かったので、ぶらぶら散歩をしていた。するとばったり親戚のおじさんに会って、お昼をごちそうになった。犬も歩けば棒に当たるだ。
- 彼は、犬も歩けば棒に当たると言われても、恐れずに新しい挑戦を続け、最終的には大きな成功を手にした。
- 春の人事異動で本社からやってきた40代の男性社員はやたらと偉そうに色々な事に口を出す。犬も歩けば棒に当たるというが、あまり出しゃばらないでもらいたい。
- ゴミ拾いのボランティアに参加したら、カバンを拾い、持ち主が出てきてお礼をもらった。犬も歩けば棒に当たるだ。
「犬も歩けば棒に当たる」の文学作品などの用例
俺はただ一つ処にじっとしていないために、犬も歩けば棒に当たるというくらいな気持で、ぶらりぶらり歩いたのだった。(豊島与志雄の神棚より)
「犬も歩けば棒に当たる」を英語で言うと?
「犬も歩けば棒に当たる」の英語表現をご紹介します。
※英語の声:音読さん
The dog that trots about finds a bone.
- 直訳:走り回る犬は骨を見つける。
- 意味:物事をしようとしている者は思いがけない幸運に出会う。
- 用語:trot about:走り回る / bone:骨
A flying crow always catches something.
- 直訳:飛んでいるカラスはいつも何かをつかまえる。
- 意味:物事をしようとしている者は思いがけない幸運に出会う。
- 用語:crow:カラス