【ことわざ】
石で手を詰める
【読み方】
いしでてをつめる
【意味】
動きがとれず、進むことも退くこともできないほど困った状態になること。金銭の工面がつかず、どうにもならない場合にもいう。


【英語】
・be stuck(身動きできない、または状況を変えられない)
・reach a dead end(進む道がなくなる、行き詰まる)
【類義語】
・進退窮まる(しんたいきわまる)
・八方塞がり(はっぽうふさがり)
・抜き差しならない(ぬきさしならない)
・二進も三進も(にっちもさっちも)
【対義語】
・活路を開く(かつろをひらく)
・打開(だかい)
・余裕綽綽(よゆうしゃくしゃく)
「石で手を詰める」の語源・由来
このことわざは、「石」と「手」を組み合わせて、身動きできないほど追い込まれた状態を表した言い方です。基本の意味は、動きがとれないこと、進退きわまること、また貧しさのためにどうにも動けないことにあります。
「石で手を詰める」の「手」は、体の手だけでなく、物事を進めるための方法や手段にも通じる言葉です。そこに「詰める」が重なり、取るべき手段がふさがってしまう感じを表します。
この言い方は、囲碁(いご)から出た言葉とする説があります。囲碁では黒白の石を盤上に置いて局面を進めるため、「石」と「手」が結びつきやすく、よい手がなくなる状態を日常の困りごとに移したものと考えられます。
囲碁や将棋では、局面を有利に進める望みがない状態を「手詰まり」といいます。そこから見ると、「石で手を詰める」は、石によって次の手がふさがるという感覚をもとに、打つ手がなくなる意味へ広がった言い方といえます。
この由来について、江戸時代の国語辞書『諺苑(げんえん)』(1797年・寛政9年成立、太田全斎著)は、囲碁から出た言葉とする説明を伝えています。『諺苑』は俗語や俗諺を集め、語釈や出典を示した書物として知られています。
古い用例としては、『毛吹草追加(けふきぐさついか)』(1647年・正保4年)に、「石で手やつめし岩間のかき蕨」という句が伝わっています。『毛吹草』は松江重頼(まつえしげより)編の俳諧論書・撰集で、『毛吹草追加』もこの流れに属する資料です。
この句では、岩の間に生えた蕨(わらび)をかき取ろうとして、石に手をはばまれるような苦しさが感じられます。すでに江戸時代前期には、石によって手が詰まるという表現が、動きにくさや行きづまりのたとえとして用いられていたことが分かります。
のちに、浄瑠璃『太平記忠臣講釈(たいへいきちゅうしんこうしゃく)』(1766年・明和3年初演、近松半二・三好松洛ほか作)にも、この表現が出てきます。この作品は大坂竹本座で初演された浄瑠璃で、赤穂浪士とその家族の苦しい心のうちや犠牲を描いた作品です。
『太平記忠臣講釈』の用例では、薬を買う工面さえつかないほどの貧しさを述べる場面で、「石で手詰めた貧の病」という形が使われています。ここでは、囲碁の局面だけでなく、生活の苦しさのためにどうにもならない状態を表す言葉として働いています。
このように、「石で手を詰める」は、もとは盤上の石や実際の石に手をふさがれる感覚を持ちながら、江戸時代の文芸の中で、進退きわまることや貧しさに追い込まれることを表す言葉として使われてきました。目に見える「手の詰まり」が、やがて生活や判断の「手の詰まり」を表す比喩になったのです。
現在では、仕事や学校生活、家庭の事情、交渉ごとなどで、どの方法を選んでも進めない場面に用いるのが自然です。ただ困っているだけでなく、次に打つ手がなく、前にも後ろにも動きにくいところまで追い込まれていることが、このことわざの中心です。
したがって、このことわざは、軽い迷いや少しの失敗には向きません。必要なお金がない、期限が過ぎた、相手との交渉が行き詰まったなど、手段が尽きた状態を表すときに、意味がもっともはっきり伝わります。
「石で手を詰める」の使い方




「石で手を詰める」の例文
- 返済日が近いのに新しい収入の見込みがなく、石で手を詰める状態になった。
- 交渉相手が条件を変えず、こちらにも譲れる案が残っていないため、石で手を詰めることになった。
- 大会前日に主力選手がけがをし、交代できる人数も足りず、監督は石で手を詰める思いだった。
- 店の仕入れ先が急に止まり、代わりの品も用意できず、石で手を詰める状況に追い込まれた。
- 宿題の提出期限を過ぎ、資料もなくしてしまったので、石で手を詰める羽目になった。
- 家計の支払いが重なり、貯金も底をついて、石で手を詰めるほど困った。
主な参考文献
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松江重頼編『毛吹草追加』1647年。
・太田全斎『諺苑』1797年。
・近松半二・三好松洛ほか『太平記忠臣講釈』1766年。
・Cambridge University Press『Cambridge Dictionary』。























