【故事成語】
一敗地に塗れる
【読み方】
いっぱいちにまみれる
【意味】
二度と立ち上がれないほど、徹底的に大敗すること。


【英語】
・suffer a crushing defeat(大敗を喫する)
【類義語】
・完敗(かんぱい)
・惨敗(ざんぱい)
・大敗(たいはい)
【対義語】
・完勝(かんしょう)
「一敗地に塗れる」の故事
「一敗地に塗れる」は、中国の歴史書『史記』(しき)(前漢、司馬遷著)「高祖本紀」に出てくる「壹敗塗地」にもとづく故事成語です。『史記』は、黄帝から前漢の武帝にいたる歴史を、本紀・表・書・世家・列伝の形でまとめた紀伝体の史書です。
もとの場面は、秦の支配がゆらぎ、各地で反乱が起こった時代です。沛(はい)の人々は、秦に従う県令を討ち、劉邦(りゅうほう)を迎えて指導者にしようとしました。劉邦はのちに前漢を開く人物ですが、この時点ではまだ天下を取る前で、人々から推される立場でした。
『史記』には、劉邦が「天下方擾,諸侯並起,今置將不善,壹敗塗地」と述べた場面があります。やさしく言えば、天下が乱れ、諸侯が一斉に立ち上がっている今、もしふさわしくない者を将に立てれば、一度の敗北で地にまみれるほど打ちのめされる、という意味です。
ここでの「塗地」は、ただ泥で汚れるという軽い意味ではありません。『史記』の注には、一朝にして破れ、肝や脳までも地にまみれるという趣旨の説明があり、戦いに敗れて見るかげもない状態になることを強く表しています。そこから、取り返しのつかないほどの大敗をいう表現になりました。
ただし、この故事の劉邦は、ほんとうに臆病で逃げたわけではありません。大きな反乱を率いるには、町の人々の命や家族の安全まで背負わなければならないため、自分の力が足りなければ皆を守れない、と慎重に述べています。のちに人々はなおも劉邦を推し、劉邦は沛公となり、やがて漢王朝を開く道へ進みました。
原文の「壹敗塗地」は、漢文では「一敗、地に塗る」と訓じられる形です。日本語では、「地に塗れる」が「敗北または失敗して、再び立ち上がることができなくなる」という意味をもつ言い方として定着し、「一敗地に塗れる」という形で用いられるようになりました。
日本での古い用例としては、『柳橋新誌』(りゅうきょうしんし)(1874年・明治時代、成島柳北著)に「一敗地に塗みれ」という形が出てきます。この用例では、財産が尽き、名も傷つくほどの落ちぶれた状態を述べる文脈で使われており、戦場での敗北だけでなく、人生や社会的な失敗にも広がって用いられたことが分かります。
現在の「一敗地に塗れる」は、スポーツの試合で大差をつけられる場合、選挙で大きく敗れる場合、事業や計画が立て直しにくいほど失敗する場合などに使われます。もとの故事がもつ厳しさを受けつぎ、ただの敗北ではなく、立ち直りが難しいほどの徹底的な敗北を表す故事成語です。
「一敗地に塗れる」の使い方




「一敗地に塗れる」の例文
- 決勝戦で大差をつけられ、強豪校の前に一敗地に塗れる結果となった。
- 準備不足のまま新商品を出した会社は、競争相手に一敗地に塗れる形となった。
- 選挙戦で支持を広げられず、候補者は一敗地に塗れる敗北を喫した。
- 前半から守備が崩れ、チームは一敗地に塗れるような試合展開になった。
- 相手の戦略を読み違えたため、交渉では一敗地に塗れる結果に終わった。
- 実力差を思い知らされる発表会となり、彼は一敗地に塗れる悔しさを味わった。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・司馬遷『史記』前91年ごろ。
・成島柳北『柳橋新誌』1874年。























