【ことわざ】
鶍の嘴の食い違い
【読み方】
いすかのはしのくいちがい
【意味】
物事や意見が食い違って、思うように進まないことのたとえ。互いの考え、予定、行動などが合わず、齟齬をきたすこと。


【英語】
・at cross-purposes(目的や話の筋が食い違っている)
【類義語】
・齟齬を来す(そごをきたす)
・ちぐはぐ(ちぐはぐ)
・歯車が噛み合わない(はぐるまがかみあわない)
【対義語】
・息が合う(いきがあう)
・阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)
・噛み合う(かみあう)
「鶍の嘴の食い違い」の語源・由来
このことわざは、中国の古い故事に由来するものではなく、イスカという鳥のくちばしの形をもとにした日本語のたとえです。イスカはアトリ科の鳥で、くちばしの上下が食い違うように曲がり、その形が「物事が合わない」ことの比喩に結びつきました。
「鶍」はイスカを表す字で、「交喙」とも書きます。「交喙」は、くちばしが交差するような鳥の姿を思わせる表記で、「鶍」は国字として扱われます。
イスカのくちばしは、見た目には合わない形に見えますが、鳥にとっては役に立つしくみです。針葉樹の球果の鱗片(りんぺん:松ぼっくりなどの重なった部分)をこじ開け、中の種子を取り出すために、その食い違ったくちばしを使います。
この鳥の特徴から、「鶍の嘴」は、上下のくちばしが合わないように、物事が食い違って思いどおりにならないことを表す言い方になりました。「嘴」は、ここでは「くちばし」のことですが、ことわざの中では「はし」と読みます。
古い用例としては、『寛永刊本蒙求抄』(かんえいかんぽんもうぎゅうしょう、1529年ごろ)の「世界と我といすかのはしにすりちがうて候ほどにぞ」という形が知られています。ここでは、世の中と自分とが食い違い、うまくかみ合わないという意味で使われています。
この段階では、鳥そのものを説明する言葉ではなく、すでに人間の物事のずれを表す比喩として働いています。つまり、室町時代末ごろには、イスカのくちばしの形が、物事の食い違いを表すたとえとして理解されていたことがうかがえます。
「鶍の嘴の食い違い」という形は、「鶍の嘴」という短い言い方に、「食い違い」を添えて意味を分かりやすくしたものです。「鶍の嘴」だけでも、物事が食い違って思いどおりにならないことを表しますが、「の食い違い」と続けると、くちばしの形と意味とのつながりがよりはっきりします。
近世から近代にかけても、この言い方は芝居や文章の中で使われました。明治18年(1885年)の歌舞伎『千歳曾我源氏礎』には、「得心させんと思ひしも、鶍の嘴と喰違ひ」という例があり、相手を納得させようとした思いがうまく通じず、話が食い違う場面に用いられています。
また、「する事なす事鶍の嘴」という言い方もあります。何をしても思いどおりに合わず、行動の結果が期待とずれてしまうような状態を表すもので、「鶍の嘴」が単なる意見の不一致だけでなく、物事全体のちぐはぐさを示す比喩として広がっていたことが分かります。
このことわざで大切なのは、ただ一度意見が違ったという軽い意味ではない点です。上下のくちばしが構造として合わないように、予定、理解、言い分、役割などが互いにずれて、全体がうまく動かない状態を表します。
現在でも、会議で目的がそろわないとき、友人同士の連絡がかみ合わないとき、仕事の分担がずれて作業が進まないときなどに使えます。イスカのくちばしという具体的な形から、人の考えや行動のずれを表す、見た目にも意味の分かりやすいことわざです。
「鶍の嘴の食い違い」の使い方




「鶍の嘴の食い違い」の例文
- 会議で部長は予算削減の話をしていたが、担当者は新企画の拡大だと思い込み、鶍の嘴の食い違いになった。
- 兄は夕食を外で食べるつもりで、母は家で待っていたため、家族の予定が鶍の嘴の食い違いになった。
- 友人同士で集合場所の駅名を取り違え、互いに別の改札で待ち続ける鶍の嘴の食い違いが起きた。
- 劇の練習で、照明係と音響係の合図がずれ、舞台全体が鶍の嘴の食い違いのように進まなかった。
- 取引先は納期を来週と考え、こちらは今週末と思っていたため、打ち合わせは鶍の嘴の食い違いから始まった。
- 研究班の二人は同じ課題を扱っていたが、調べる範囲の理解が違い、報告内容が鶍の嘴の食い違いになった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館。
・『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ブリタニカ・ジャパン。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会編『漢検 漢字ペディア』。
・Cambridge University Press & Assessment, 『Cambridge Dictionary』。























