【故事成語】
衣を解き食を推す
【読み方】
いをときしょくをおす
【意味】
自分の衣服を脱いで人に着せ、自分の食べ物を譲って人に食べさせること。人に厚く恩を施すこと。


【英語】
・give someone the shirt off one’s back(人のために何でもして助ける)
【類義語】
・解衣推食(かいいすいしょく)
【対義語】
・恩を仇で返す(おんをあだでかえす)
「衣を解き食を推す」の故事
「衣を解き食を推す」は、中国前漢の司馬遷が著した『史記』(前91年ごろ完成、前漢、司馬遷著)の「淮陰侯列伝」にもとづく故事成語です。『史記』は、黄帝から前漢の武帝までを記した紀伝体の歴史書で、本紀・表・書・世家・列伝から成ります。
この言葉の中心にいるのは、韓信(かんしん)です。韓信は前漢の武将で、劉邦に従って大きな功績をあげた人物として伝わっています。
劉邦(りゅうほう)は、のちに前漢の初代皇帝となる人物です。秦の滅亡後、項羽との争いを経て天下を統一し、漢王朝を開きました。
『史記』の「淮陰侯列伝」では、韓信がまだ世に知られていなかったころ、貧しく、他人の家で食事を頼るような暮らしをしていたことが書かれています。さらに、川辺で釣りをしていたとき、洗濯をしていた老女が、空腹の韓信に食べ物を与えた話も出てきます。
韓信は、はじめ項羽に仕えましたが、重く用いられませんでした。その後、楚を離れて漢に入り、やがて劉邦のもとで大きな役割を担うようになります。
故事の直接の場面は、楚の項羽が使者の武渉を韓信のもとへ送り、漢を裏切って楚と手を結ぶよう勧めるところです。武渉は、天下のゆくえは韓信の選択にかかっているとして、漢王に従い続けることの危うさを説きます。
これに対して韓信は、自分が項羽に仕えていたころは、言葉も策も用いられなかったと答えます。そして、漢王である劉邦は、自分に上将軍の印を授け、数万の兵を与え、言葉を聞き、策を用いてくれたと述べます。
その言葉の中に、「解衣衣我、推食食我」とあります。これは、衣を解いて自分に着せ、食べ物を押しすすめて自分に食べさせてくれた、という意味です。
ここでの「衣を解く」は、身につけている衣服を脱いで人に与えることです。「食を推す」は、自分の前にある食べ物を相手のほうへすすめ、食べさせることを表します。
韓信は、劉邦が自分を深く信じ、厚く扱ってくれたことを理由に、たとえ死んでも裏切らないと答えます。この場面では、衣服や食べ物を与える行為が、単なる物の施しではなく、相手を信じて重んじる深い恩として語られています。
この故事から、「衣を解き食を推す」は、人に厚い恩を施すことを表す言葉になりました。また、漢語の形では「解衣推食」ともいい、自分の服や食べ物を人に与えることから、誠意をもって人を助ける意味にも広がっています。
現在では、実際に衣服を脱いで与えたり、自分の食べ物を分けたりする場面だけを指すわけではありません。相手を心から思いやり、惜しまず助け、厚く遇する姿勢を表す故事成語として使われます。
「衣を解き食を推す」の使い方




「衣を解き食を推す」の例文
- 社長は若い研究者に資金と場所を与え、衣を解き食を推すようにその才能を支えた。
- 避難所で毛布と食事を譲った住民の行動は、衣を解き食を推す厚い情けを示していた。
- 恩師は進学に悩む生徒のために時間を惜しまず、衣を解き食を推す思いで面談を重ねた。
- 祖母は困っている近所の家族に米や衣類を分け、衣を解き食を推すように助けた。
- 監督は無名の選手を信じて練習環境を整え、衣を解き食を推すほどの恩を施した。
- 町の人々は火事で家を失った一家に寝具や食事を差し出し、衣を解き食を推す心を見せた。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・真藤建志郎編『四字熟語の辞典』日本実業出版社、1993年。
・司馬遷『史記』前91年ごろ完成。
・Cambridge University Press『Cambridge Dictionary』Cambridge University Press。
・Merriam-Webster『Merriam-Webster Dictionary』Merriam-Webster。























