【ことわざ】
旱魃に水
【読み方】
かんばつにみず
【意味】
切に願い望んでいたことが実現すること。また、心から待っていた助けや好機が得られること。


【英語】
・a welcome rain during the dry season.(日照りの時期のありがたい雨)
・a welcome relief.(ありがたい救い)
・a lifesaver.(困ったときに大きな助けになるもの)
【類義語】
・干天の慈雨(かんてんのじう)
・大旱の雲霓を望む(たいかんのうんげいをのぞむ)
・闇夜の提灯(やみよのちょうちん)
・地獄で仏(じごくでほとけ)
【対義語】
・月夜に提灯(つきよにちょうちん)
・夏炉冬扇(かろとうせん)
・冬扇夏炉(とうせんかろ)
「旱魃に水」の語源・由来
「旱魃に水」は、日照りが続いて水が足りなくなった土地に、水がもたらされることをもとにしたことわざです。旱魃とは、長く雨が降らず、農作物に必要な水が不足することを表します。
「旱」という字には、「ひでり」「雨が降らず、からからに乾くこと」という意味があります。「魃」は日照りの神を表す字で、「旱魃」は「干魃」とも書かれてきました。
このことわざの根底には、農作物が水に大きく頼っていた暮らしがあります。雨が長く降らないと、田畑の水が不足し、川や池、井戸の水も減り、作物の生育に深い影響が出ます。
日本では古くから、日照りは暮らしをおびやかす自然の災いとして記録されてきました。『日本書紀』(720年・奈良時代成立)には「春より夏に至るまでに、旱す」という古い用例があり、『方丈記』(1212年・鎌倉時代前期、鴨長明著)にも、春夏の日照りや風水害が続く様子が書かれています。
水不足は、ただ雨が少ないというだけでなく、人々の生活や村の関係にも深く関わりました。灌漑(かんがい:田畑に水を引くこと)の水をめぐる争いは「水論」と呼ばれ、『古今著聞集』(1254年・鎌倉時代中期成立)にも、田に引く水についての争いを示す用例が出てきます。
また、渇水のときには、順番にしたがって水を引く「番水」という方法もありました。水をどう分けるかが制度として扱われたことからも、日照りの中で水がどれほど大切だったかが分かります。
そのような背景の中で、乾ききった土地に水が来ることは、命をつなぐほどありがたい出来事でした。「旱魃に水」は、この具体的な喜びを、人の願いや助けに広げて用いるようになった表現です。
近い言い方に「干天の慈雨」があります。これは、日照り続きのときに降る恵みの雨を指し、そこから、待ち望んでいた物事の実現や、困っているときの救いの手のたとえとして使われます。
さらに、「大旱の雲霓を望む」という表現もあります。『孟子』「梁恵王下」にもとづく言葉で、ひどい日照りのときに雨の前触れである雲や虹を待ちこがれるように、ある物事の到来を切に待つたとえです。
「大旱の雲霓を望む」は、まだ来ていないものを強く待つ気持ちに重きがあります。それに対して「旱魃に水」は、待ち望んでいた水そのものが与えられるように、必要な助けやよい知らせが実際にもたらされる喜びまで含みやすい言い方です。
現在では、雨や農業の場面だけでなく、困っていたところに支援が届く、長く待っていた返事が来る、必要な人材や機会に恵まれる、といった場面にも使われます。切実に必要なものがちょうど得られるという意味が、このことわざの芯になっています。
「旱魃に水」の使い方




「旱魃に水」の例文
- 資金に困っていた団体に寄付が届き、まさに旱魃に水となった。
- 締め切り前に必要な資料が見つかり、旱魃に水の思いで作業を進めた。
- 人手不足の店に経験者が応募してきたことは、店長にとって旱魃に水だった。
- 長い不調に苦しんでいた選手に新しい練習法が合い、旱魃に水の効果をもたらした。
- 連絡を待ち続けていた家族に無事の知らせが入り、旱魃に水のように皆が安堵した。
- 地域の図書室に本の寄贈があり、子どもたちにとって旱魃に水の贈り物となった。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・小学館『プログレッシブ和英中辞典 第4版』小学館、2011年。
・鴨長明『方丈記』1212年。
・『日本書紀』720年。























