【ことわざ】
雁は八百、矢は三本
【読み方】
がんははっぴゃく、やはさんぼん
【意味】
獲物や機会は多いのに、それを得るための手段が少なくて困ること。転じて、多くの中からどれを取ろうか迷うこと、一か八か思いきって試みること、また少ない元手で大きな利益を得ること。


【英語】
・too many targets and too few arrows.(狙うものが多く、使える手段は少ない)
【類義語】
・多岐亡羊(たきぼうよう)
・海老で鯛を釣る(えびでたいをつる)
・虻蜂取らず(あぶはちとらず)
【対義語】
・選り取り見取り(よりどりみどり)
「雁は八百、矢は三本」の語源・由来
「雁は八百、矢は三本」は、たくさんの雁がいるのに、それを射るための矢が少ししかないという、狩りの場面から生まれた言い方です。雁は、カモ目カモ科の大形の鳥を指し、日本には冬鳥として渡来するものがあります。
「矢」は、弓の力を利用して射る武器です。このことわざでは、目の前にある獲物の多さと、それを得るための手段の少なさが、雁と矢の数の差によって分かりやすく表されています。
「八百」は、ここでは必ずしも正確に八百羽という数だけを表すのではなく、数が多いことを示す言葉として働いています。また、「八百」には雁の異名としての用法もあり、雁と数の多さが重なって、この表現の印象を強めています。
この言い方には、いくつかの形があります。「雁は八百」の下に、「矢は三本」「矢は三筋」「矢は三文」「矢は三銭」などを続ける形があり、言い回しは一つに限られていません。
古い用例の一つに、『毛吹草(けふきぐさ)』(1645年・江戸時代前期刊、松江重頼編)があります。『毛吹草』は俳諧(はいかい)の作法書・撰集で、巻二には世話、つまり世間で使われる言い方が多く収められており、俚諺(りげん:世間で言い伝えられることわざ)の資料としても知られています。
『毛吹草』には、「がんは八百矢は三もん」という形が出てきます。これは「矢は三文」という形で、三文ほどの安い矢で、八百文ほどの値打ちのある雁を射落とすという考えにつながり、わずかな元手で大きなもうけを得るたとえとして用いられました。
一方で、「矢は三本」「矢は三筋」と続く形では、雁は多いのに矢が少ないという点が前に出ます。そのため、獲物は多いのに手に入れる手段が足りないこと、どれを狙うべきか迷うこと、一か八か思いきってやってみることを表すようになりました。
江戸時代中期の浮世草子『傾城色三味線(けいせいいろじゃみせん)』(1701年・江戸時代前期、江島其磧作)にも、「雁は八百」の形が出てきます。この作品は、遊里を舞台とする短編を収めた浮世草子で、京・大坂・江戸・鄙・湊の各巻に分かれています。
『傾城色三味線』の用例では、「雁は八百」という言い出しが、これからどう動くかを思いきって決めようとする場面で使われています。ここからも、この表現が単に「少ない道具で多くを得る」という意味だけでなく、選択に迷いながら決断する場面にも広がっていたことが分かります。
現在の「雁は八百、矢は三本」は、限られた条件の中で、多くの対象や機会を前にする難しさを言うときに使われます。また、「矢は三文」「矢は三銭」といった形から生じた、少ない元手で大きな利益を得る意味も、同じ系列の言い方として伝わっています。
「雁は八百、矢は三本」の使い方




「雁は八百、矢は三本」の例文
- 文化祭で出したい企画は多いが、準備できる人数が少なく、雁は八百、矢は三本の状態になった。
- 読みたい本は山ほどあるのに、試験前の時間が足りず、雁は八百、矢は三本で一冊にしぼった。
- 候補地は多いが予算が限られているため、旅行計画は雁は八百、矢は三本となった。
- 新商品の案はたくさん出たものの、試作できる数は少なく、雁は八百、矢は三本の会議になった。
- 大会で試したい作戦はいくつもあったが、練習時間が足りず、雁は八百、矢は三本の思いで一つを選んだ。
- 少ない広告費で大きな注文が入り、店長は雁は八百、矢は三本の成果だと喜んだ。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・平凡社編『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、2007年。
・松江重頼編『毛吹草』1645年刊。
・江島其磧作『傾城色三味線』1701年。
・Philip Kotler, “Globalization — Realities and Strategies,” 1990.























