【ことわざ】
唐へ投げ金
【読み方】
とうへなげがね
【意味】
確かな見込みのないことに金を出すこと。また、金銀財宝をむだに使ってしまうことのたとえ。


【英語】
・speculative investment.(損失の危険が高い投資)
・a waste of money.(金の無駄遣い)
【類義語】
・身代を棒に振る(しんだいをぼうにふる)
・水泡に帰す(すいほうにきす)
・小利大損(しょうりだいそん)
【対義語】
・損して得取れ(そんしてとくとれ)
・海老で鯛を釣る(えびでたいをつる)
「唐へ投げ金」の語源・由来
「唐へ投げ金」は、江戸初期の朱印船貿易(しゅいんせんぼうえき)と関わりのある言葉です。朱印船貿易は、海外渡航の許可を受けた船による南方貿易で、1604年から1635年までに少なくとも350隻余りが出航したとされます。
もとの「投げ金」「投銀」は、近世初期の朱印船貿易で、博多・長崎・堺などの豪商が、船や積み荷を担保として貿易資金を貸し付けたことを指します。つまり、ただ金を捨てることではなく、遠い海を渡る商売に資金を投じる、危険の大きな投資を表す言葉でした。
この投資は、船が無事に帰れば大きな利益を生む可能性がありました。しかし、海難に遭えば元手を失うおそれがあり、借り手が返済しなくてよい場合もあったため、非常に投機的な性格をもっていました。
「唐へ」の「唐」は、ここでは遠い海外へ向かう商売を思わせる言葉として働いています。実際の朱印船貿易の行き先は、ルソン、トンキン、シャム、カンボジア、高砂など広い地域に及び、輸出品には銀・銅・樟脳・漆器など、輸入品には生糸・絹織物・鹿皮・蘇木・砂糖などがありました。
古い用例として、井原西鶴『本朝二十不孝』(1686年・江戸時代前期、井原西鶴著)巻三に、「唐(タウ)へ抛銀(ナゲガネ)して仕合次第分限となって」という形が出てきます。ここでは、朱印船貿易への投資によって、運しだいで富を得るという意味合いが読み取れます。
この用例の「仕合次第」は、成り行きや運しだいという意味を含みます。確かな計算だけで進む商売ではなく、海を渡る危険と大きな利益の可能性が同時にあることが、「唐へ投げ金」という表現の土台になっています。
井原西鶴『嵐無常物語』(1688年・江戸時代前期、井原西鶴著)にも、「唐(カラ)へのなげかね」という形が出てきます。この段階では、利益が出ることもあれば、はじめから失うものになることもあるという、危うい金の出し方を表す言い方として使われています。
さらに、近松門左衛門『孕常盤』(1710年・江戸時代中期、近松門左衛門作)には、「それこそ唐(タウ)へ投げがねと云物」という用例が出てきます。ここでは、金銀財宝を異国へ渡すことを、むだな出費としてとらえる言い方になっています。
このように、はじめは朱印船貿易への危険な投資を指した言葉が、しだいに、見込みのない投資やむだな出費を表すたとえとして広がりました。「投げる」という言葉には、手元から離れて戻るかどうか分からない金を、遠い所へ出すという感覚が重なっています。
また、「唐へ投げ銀」という形も使われます。こちらも、鎖国以前の朱印船貿易で海外貿易に投資することを指し、のちに投機的な投資やむだな投資のたとえになりました。
現在の「唐へ投げ金」は、単に金を使うことではなく、戻る見込みや成果の見通しが薄いのに金を出すことを戒める言葉です。海の向こうへ金を託した近世初期の商売の危うさが、今の「むだな投資」という意味につながっています。
「唐へ投げ金」の使い方




「唐へ投げ金」の例文
- 計画書もない新事業に大金を出すのは、唐へ投げ金になりかねない。
- 中身を確かめずに高価な福袋を何箱も買うのは、唐へ投げ金に近い。
- 使う予定のない会員権を勧められるまま買えば、唐へ投げ金となる。
- 修理できる見込みのない古い機械に追加費用をかけるのは、唐へ投げ金だ。
- 根拠のないもうけ話に貯金を預けるなど、唐へ投げ金も同然だ。
- 費用と効果を調べずに広告を出せば、会社の金が唐へ投げ金になる。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本史広辞典編集委員会編『山川 日本史小辞典 改訂新版』山川出版社、2016年。
・『旺文社日本史事典 三訂版』旺文社、2000年。
・井原西鶴『本朝二十不孝』1686年。
・井原西鶴『嵐無常物語』1688年。
・近松門左衛門『孕常盤』1710年。
・Cambridge University Press『Cambridge Dictionary.』























