【故事成語】
考える葦
【読み方】
かんがえるあし
【意味】
自然の中では弱い存在である人間が、考える力によって尊厳と偉大さをもつことのたとえ。


【英語】
・a thinking reed.(考える葦、思考する葦)
「考える葦」の故事
「考える葦」は、17世紀フランスの数学者・物理学者・思想家であるブレーズ・パスカルの『パンセ』に由来する言葉です。パスカルは1623年に生まれ、1662年に亡くなりました。断章形式で残された草稿は、死後にまとめられ、1670年に『パンセ』として刊行されました。
『パンセ』は、完成した一冊の論文というより、パスカルが信仰、人間、理性、宇宙などについて書き残した断片を集めた書物です。その中で「考える葦」は、人間の弱さと尊厳を同時に示す、たいへん有名な表現として伝わっています。
もとのフランス語では、「roseau pensant」という表現が用いられています。「roseau」は葦、「pensant」は考えるという意味をもち、日本語の「考える葦」は、この表現を訳した形です。
パスカルは、人間を自然の中でもっとも弱い葦にたとえました。宇宙全体が力を合わせなくても、蒸気や一滴の水だけで人間の命は失われるほど、人間の体は弱いものだと述べています。
しかし、パスカルは、そこで終わらせませんでした。たとえ宇宙が人間を押しつぶしたとしても、人間は自分が死ぬことを知っており、宇宙が自分より大きな力をもつことも知っています。その点で、人間は宇宙より尊いと述べています。
この言葉の大切な点は、人間の価値を、体の強さや広い場所を占める力に置いていないことです。別の断章では、尊厳は広さではなく思考の整え方にあり、空間では宇宙に包み込まれる人間も、思考によって宇宙を理解できると述べられています。
葦の比喩には、弱く折れやすいものを思わせる背景も重なっています。『パンセ』の「考える葦」は、弱さだけを強調する言葉ではなく、弱い存在でありながら考える力をもつ人間の不思議さを示す言葉です。
日本語では、「考える葦」がフランス語「roseau pensant」の訳語として受け入れられました。昭和8年、1933年の豊島与志雄『逢魔の刻』にも、「考える葦」たる人間という形の用例があり、この表現が近代日本語の文章の中でも用いられていたことが分かります。
現在の「考える葦」は、人間は弱いが、考えることによって尊厳をもつという意味で使われます。単に「人間は頭がよい」とほめる言葉ではなく、弱さを見つめたうえで、思考する力の尊さを表すところに、この言葉の深さがあります。
「考える葦」の使い方




「考える葦」の例文
- 考える葦は、人間の弱さと考える力の尊さを同時に表す言葉だ。
- 大きな災害の前で人間の無力さを感じたとき、考える葦という言葉の重みを思い出した。
- 失敗の原因を考え直して立ち上がる姿には、考える葦としての人間らしさがある。
- 科学の進歩は、考える葦である人間が自然を理解しようとしてきた歩みでもある。
- 考える葦という言葉は、力の弱さだけで人間の価値を決めない考え方を示している。
- 悩みながらも自分の頭で答えを探すことは、考える葦である人間にふさわしい態度だ。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・ブレーズ・パスカル『パンセ』1670年。
・アントワーヌ・コンパニョン著、広田昌義訳『寝るまえ5分のパスカル「パンセ」入門』白水社、2021年。























