【故事成語】
科に盈ちて後進む
【読み方】
かにみちてのちすすむ
【意味】
水がくぼみを満たしてから先へ流れるように、学問も一歩一歩、順を追って進むべきだということ。


【英語】
・learn to walk before one can run.(難しいことの前に基礎を学ぶ)
【類義語】
・学問に王道なし(がくもんにおうどうなし)
・千里の道も一歩から(せんりのみちもいっぽから)
【対義語】
・一足飛び(いっそくとび)
「科に盈ちて後進む」の故事
「科に盈ちて後進む」は、中国の思想書『孟子』(戦国時代、中国、孟子とその門弟の言行を集めた書)の「離婁下」に出てくる「盈科而後進」という言葉にもとづきます。『孟子』は七篇からなり、孟子が諸侯や知識人、門弟たちと問答した言葉を集めた儒家の古典です。
この場面では、徐子という人物が、孔子がしばしば水をほめて「水なるかな、水なるかな」と言ったのは、水のどこを取ったのか、と孟子にたずねます。孟子はその答えとして、尽きない泉の水の流れをたとえに出します。
原文には「源泉混混、不舍晝夜、盈科而後進、放乎四海」とあります。これは、泉から出る水がこんこんと湧き、昼も夜も流れをやめず、くぼみを満たしてから先へ進み、ついには四方の海に至る、という意味です。
ここでいう「科」は、現在の「教科」や「科目」の意味ではなく、「くぼんだ所」を指します。水は低いくぼみに出会うと、そこを飛び越えて進むのではなく、まずそのくぼみをいっぱいにしてから、次の場所へ流れていきます。
孟子が水をたとえにしたのは、ただ水の流れを説明するためではありません。根本となるものがある人は、泉の水のように絶えず進み、途中の不足を一つずつ満たしながら、やがて大きな所へ至る、という考えを表すためです。
これに対して、孟子は、根本がないものの例として、七月や八月の大雨で一時的に水がたまる溝や用水を挙げます。雨が集まればすぐ水は満ちますが、雨がやめばたちまち涸れてしまうため、長く続く力にはなりません。
この対比から、「科に盈ちて後進む」は、急に目立つことよりも、根本をもち、足りない所を満たしながら進むことの大切さを示す言葉になりました。表面だけ立派に見えても、実力や土台が伴わなければ、長くは続かないという教えが含まれています。
日本語では、この言葉はとくに学問について使われる形で定着しています。水がくぼみを満たしてから先へ流れるように、学問も基礎を飛ばさず、一つ一つ順序を踏んで進めるべきだという意味で用いられます。
「後進む」は、ただ遅く進むという意味ではありません。まだ満ちていない所、つまり理解が不十分な所をそのままにせず、そこをしっかり満たしてから次へ進む、という点に、この故事成語の大切な味わいがあります。
したがって、「科に盈ちて後進む」は、勉強や技芸において、近道を求めすぎず、基礎から順に力を積み上げることを教える故事成語です。水の流れという身近なたとえを通して、確かな成長には順序と土台が必要であることを伝えています。
「科に盈ちて後進む」の使い方




「科に盈ちて後進む」の例文
- 英語の文法を学ぶには、科に盈ちて後進むの心で、まず基本の語順を身につける必要がある。
- 新しい仕事を任された彼は、科に盈ちて後進むように、最初の手順から丁寧に覚えた。
- ピアノの難しい曲に挑む前に、科に盈ちて後進むつもりで指の練習を続けた。
- 研究を急いでまとめるより、科に盈ちて後進む姿勢で資料の読み込みを深めるべきだ。
- チームの力を伸ばすには、科に盈ちて後進むように、基礎練習をおろそかにしないことが大切だ。
- 科に盈ちて後進むという言葉どおり、彼女は初歩を固めてから応用問題に取り組んだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・『孟子』。
・Merriam-Webster, Merriam-Webster.com Dictionary.























