【故事成語】
君に事えて数すれば斯に辱めらる
【読み方】
きみにつかえてしばしばすればここにはずかしめらる
【意味】
君主に仕えて、忠告や諫めを度を越して何度も繰り返すと、かえって君主の不興を買い、辱めを受けるということ。


【類義語】
・朋友に数すれば斯に疏んぜらる(ほうゆうにしばしばすればここにうとんぜらる)
「君に事えて数すれば斯に辱めらる」の故事
「君に事えて数すれば斯に辱めらる」は、中国の古典『論語』「里仁」に出てくる、孔子の弟子である子游(しゆう)の言葉にもとづきます。『論語』は、中国の春秋時代に生きた孔子とその門人の言行を記した二十編の書物で、孔子の没後、弟子や後学によって、戦国時代にかけて整えられたとみられます。
子游は、姓を言(げん)、名を偃(えん)といい、孔子の門人の中でも学問に優れた人物でした。『論語』「先進」では、子夏とともに「文学」の分野に秀でた弟子として挙げられ、後世には四科十哲(しかじってつ)の一人に数えられています。
『論語』「里仁」の第二十六章には、「子游曰、事君數、斯辱矣。朋友數、斯疏矣」とあります。子游が、「君主に仕えてしつこくすれば辱めを受け、友人にしつこくすれば疎んじられる」と述べた一節です。
対象となる「君に事えて数すれば斯に辱めらる」は、この章の前半に当たります。後半の「朋友に数すれば斯に疏んぜらる」と対になっており、君主と臣下の間にも、友人同士の間にも、相手へ働きかける際の節度が必要だと説いています。
「君」は、ここでは自分が仕える君主を指し、「事える」は、その君主に仕えることを表します。「数」は「しばしば」と読み、何度も繰り返すことを意味しますが、この一節では、相手が受け入れないのに、せき立てるように何度もしつこく働きかけるという意味を含みます。
「斯に」は、「そこで」「その結果」というつながりを表します。「辱めらる」は、単に自分が恥ずかしく思うことではなく、君主から軽んじられたり、処罰を受けたりして、名誉を傷つけられることを指します。
三国時代の魏に成立した何晏の注釈書『論語集解(ろんごしっかい)』は、「数」について「速数の数」と記しています。これは、間を置かず、せわしく繰り返すという意味で、単に回数が多いだけでなく、相手に迫るようなしつこさを表します。
北宋の邢昺がまとめた『論語注疏』では、この章は、臣下として君主に仕えるときも、友人と交わるときも、礼に従って少しずつ関係を進めるべきだとする教えとして解釈されています。繰り返しが度を越すと、相手を軽んじる行いとなり、君主に仕える場合には、罪や辱めを招くと説いています。
南宋の朱熹が著した『論語集注(ろんごしっちゅう)』では、「数」を「煩数」、すなわち煩わしいほど繰り返すこととしています。君主への諫めが受け入れられなければ身を引き、友人への忠告が受け入れられなければ、そこで止めるべきであり、繰り返せば、話す側は軽く見られ、聞く側はうんざりすると説いています。
したがって、この言葉は、君主の過ちを見ても黙って従えと教えるものではありません。正しい忠告であっても、相手の態度や時機を考えず、同じことを何度もしつこく言い続ければ、かえって忠告の重みを失い、自分自身も辱めを受けると戒めています。
また、原文が君主と友人を並べていることにも、大切な意味があります。朱熹の注釈には、君臣も朋友も「義」によって結ばれる関係であるため、どちらにも同じ道理が当てはまるとあります。
日本では、この一節を「君に事えて数すれば斯に辱められ、朋友に数すれば斯に疏んぜらる」という一続きの言葉として読む形が伝わっています。その前半を取り出し、文末を漢文訓読の形に整えたものが、「君に事えて数すれば斯に辱めらる」です。
『論語』は日本でも古くから学ばれ、何晏の『論語集解』は、1364年に正平版論語(しょうへいばんろんご)として刊行されました。この版本は、日本で印刷された『論語』として最古のものとして知られ、その後も室町時代を通じて復刻されました。
こうして、この言葉は、主君への諫言に節度を求める教えとして受け継がれました。現在では、目上の人や組織の指導者に意見を述べる際にも、正しさを一方的に押しつけず、相手に届く伝え方を選ぶ大切さを示す言葉として用いられます。
「君に事えて数すれば斯に辱めらる」の使い方




「君に事えて数すれば斯に辱めらる」の例文
- 忠臣であっても、君に事えて数すれば斯に辱めらるという道理をわきまえ、諫言の時機を慎重に選んだ。
- 君に事えて数すれば斯に辱めらると考えた家臣は、同じ忠告を繰り返さず、しばらく君主の判断を待った。
- 生徒会長への意見が正しくても、君に事えて数すれば斯に辱めらるとなりかねないため、副会長は伝え方を工夫した。
- 部長に何度も同じ提案を迫る彼へ、先輩は君に事えて数すれば斯に辱めらると注意した。
- 君に事えて数すれば斯に辱めらるという言葉どおり、指導者を人前で繰り返し責めた補佐役は信頼を失った。
- 君に事えて数すれば斯に辱めらるを心に留め、彼は忠告を一度伝えたあとは、相手が考える時間を置いた。
主な参考文献
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・金谷治訳注『論語 改訂新版』岩波書店、1999年。
・宇野哲人『論語新釈』講談社、1980年。
・『論語』。
・何晏『論語集解』三国時代・魏。
・邢昺『論語注疏』北宋。
・朱熹『論語集注』南宋。























