【故事成語】
君、臣を択ぶのみに非ず、臣も亦君を択ぶ
【読み方】
きみ、しんをえらぶのみにあらず、しんもまたきみをえらぶ
【意味】
君主が臣下を選んで用いるだけでなく、臣下も自分が仕えるに値する君主かどうかを見定めるということ。


【類義語】
・良禽は木を択んで棲む(りょうきんはきをえらんですむ)
【対義語】
・君君たらずとも臣臣たらざるべからず(きみきみたらずともしんしんたらざるべからず)
「君、臣を択ぶのみに非ず、臣も亦君を択ぶ」の故事
「君、臣を択ぶのみに非ず、臣も亦君を択ぶ」は、中国の歴史書『後漢書(ごかんじょ)』(南朝宋、432年成立、范曄撰)の「馬援列伝」に記された馬援(ばえん)の言葉にもとづきます。『後漢書』は、後漢一代の歴史を、人物の伝記を中心にまとめた正史です。
ここでいう「君」は君主、「臣」は君主に仕える家来や臣下を指します。「択ぶ」は、多くの中から適切なものを選ぶという意味で、君主と臣下の双方が相手を選ぶことを表しています。
故事の舞台は、王莽(おうもう)の新王朝が倒れ、各地の有力者が天下を争っていた後漢初期です。馬援は初め、隴西(ろうせい)地方に勢力をもっていた隗囂(かいごう)のもとに身を寄せていました。
そのころ、蜀(しょく)では公孫述(こうそんじゅつ)が皇帝を名乗っていました。公孫述は馬援と同じ土地の出身で、若いころから親しくしていたため、隗囂は馬援を蜀へ送り、公孫述がどのような人物であるかを見定めさせました。
馬援は、古い友人である公孫述が、親しく迎えてくれるものと思っていました。ところが、公孫述は宮殿に武器を持つ衛兵を並べ、厳かな儀式を整えたうえで馬援を通し、立派な衣服を用意して、侯や大将軍の地位を与えようとしました。
馬援は、この大げさなもてなしを喜びませんでした。天下の行方がまだ定まらないときには、優れた人物を心から迎えて意見を求めるべきなのに、公孫述は外見や儀礼を飾ることに心を奪われていると見抜き、そのもとを去りました。
建武四年、すなわち西暦28年の冬、隗囂は馬援に書状を持たせ、後漢の都である洛陽(らくよう)へ送りました。馬援は宣徳殿で、後漢を開いた光武帝(こうぶてい)、名を劉秀(りゅうしゅう)という皇帝に、初めて会いました。
光武帝は馬援を気さくに迎え、「あなたは二人の皇帝の間を訪ね歩いている」と笑いかけました。これに対して馬援は、「當今之世、非獨君擇臣也、臣亦擇君矣」と答えました。今の世では、君主だけが臣下を選ぶのではなく、臣下もまた君主を選ぶ、という意味です。
馬援は続けて、公孫述が、古い友人である自分を厳重な警備の中で迎えたことを語りました。それに対して光武帝は、遠方から来た馬援が刺客かもしれないのに、過度に警戒せず、飾らない態度で面会していました。
光武帝は笑って、馬援は刺客ではなく、自分の考えを説きに来た説客であろうと答えました。馬援は、皇帝を名乗る者が数多く現れる乱世の中で、光武帝の広い度量を見て、真に仕えるべき人物を知ったと述べました。
この場面で馬援は、臣下を、単に君主から選ばれるだけの存在として扱っていません。自分の力を託すに値する人物かどうかを見極め、そのうえで仕える相手を決めるという、臣下の側の判断と責任を示しています。
一方、この言葉は、君主にも重い意味をもちます。優れた人材を得ようとするなら、地位や命令だけに頼るのではなく、人物や政治のあり方によって、その人から仕えたいと思われる君主にならなければならないからです。
『後漢書』では「非獨君擇臣也、臣亦擇君矣」と記されていますが、『三国志(さんごくし)』では「非但君擇臣、臣亦擇君」という形で引用されています。「非獨」と「非但」は、どちらも「ただ……だけではない」という意味を表し、現在の「君、臣を択ぶのみに非ず、臣も亦君を択ぶ」へとつながっています。
『三国志』(西晋、3世紀後半成立、陳寿著)の「呉書・魯粛伝」では、周瑜(しゅうゆ)がこの言葉を引き、魯粛(ろしゅく)に孫権(そんけん)のもとへとどまるよう勧めています。周瑜は、孫権が賢者を親しみ、優れた才能を尊重する人物であるため、仕える君主として選ぶに値すると説きました。
こうして馬援の言葉は、一度の会話にとどまらず、才能ある者が仕える相手を見極めることの大切さを表す言葉として受け継がれました。君主にも臣下にも、相手から選ばれるに値する人物であることを求めるところに、この故事成語の大切な教えがあります。
「君、臣を択ぶのみに非ず、臣も亦君を択ぶ」の使い方




「君、臣を択ぶのみに非ず、臣も亦君を択ぶ」の例文
- その賢臣は、君、臣を択ぶのみに非ず、臣も亦君を択ぶとの考えから、徳のない王への仕官を断った。
- 社長は、君、臣を択ぶのみに非ず、臣も亦君を択ぶという言葉を胸に、社員から信頼される経営を心掛けた。
- 就職先を決める際には、君、臣を択ぶのみに非ず、臣も亦君を択ぶという考え方も大切になる。
- 監督は、君、臣を択ぶのみに非ず、臣も亦君を択ぶのだから、選手から選ばれる指導者でなければならないと語った。
- 優れた部下を集めたいなら、君、臣を択ぶのみに非ず、臣も亦君を択ぶという道理を忘れてはならない。
- 彼は、君、臣を択ぶのみに非ず、臣も亦君を択ぶと考え、自分の信念を託せる指導者のもとへ移った。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・范曄『後漢書』432年。
・陳寿『三国志』3世紀後半。























