【ことわざ】
孔子の倒れ
【読み方】
くじのたおれ
【意味】
孔子のような聖人でも、ときには失敗することがあるというたとえ。どれほど優れた人にも、誤りや失敗はあるということ。


【英語】
・Even Homer sometimes nods.(どんな名人でも、ときには間違える)
【類義語】
・弘法にも筆の誤り(こうぼうにもふでのあやまり)
・河童の川流れ(かっぱのかわながれ)
・猿も木から落ちる(さるもきからおちる)
「孔子の倒れ」の語源・由来
「孔子」は、中国の春秋時代に活躍し、後世に聖人として尊敬された思想家です。このことわざでは、現在一般的な「こうし」ではなく、呉音による古い読み方で「くじ」と読みます。
このことわざの背景には、中国の古典『荘子(そうじ)』(戦国時代末期から漢初にかけて成立)の「盗跖篇(とうせきへん)」に収められた孔子の説話があります。盗跖(とうせき)は、中国古代の伝説上の大盗賊で、『荘子』には、孔子と盗跖との架空の問答が記されています。
物語では、孔子が盗跖を教え導こうと、弟子たちを連れて会いに出かけます。しかし、盗跖は孔子の言葉に従うどころか、その考え方や行いを激しく批判し、近づけば命さえ危ういほどの勢いで脅します。
孔子は盗跖を説得できないまま退出し、車に乗ろうとした際、動揺のあまり手綱を三度も取り損ね、顔色を失い、息もできないほどであったと描かれます。知恵と弁舌に優れた孔子が言い負かされ、平静さまで失った姿は、聖人にも失敗があることを示す印象的な場面となっています。
ただし、中国の『荘子』そのものに、「孔子の倒れ」という定型句が書かれているわけではありません。「孔子の倒れ」は、『荘子』に連なる孔子説話が日本で受け入れられる中で形作られた、日本独自の言い方です。
日本での古い記録として、『世俗諺文(せぞくげんぶん)』(1007年・平安時代中期、源為憲著)に「孔子仆(タフレ)」とあります。『世俗諺文』は当時のことわざを集めた書物であり、11世紀初めには、すでに孔子の失敗を「倒れ」と呼ぶ表現が知られていたことが分かります。
ほぼ同じ時期の『源氏物語(げんじものがたり)』(11世紀初め成立・平安時代中期、紫式部著)の「胡蝶」の巻には、「恋の山にはくじのたうれ」という言葉が出てきます。普段はまじめで重々しい右大将が、恋によって心を乱している様子を表すため、聖人でさえ恋の前では過ちを犯すという意味で用いています。
その後、『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』(1120年ごろ成立・平安時代末期)巻十には、孔子と盗跖の問答が詳しい説話として記されています。孔子が言い返せずに立ち去り、馬に乗る際に轡(くつわ)を取り損ね、鐙(あぶみ)を何度も踏み外したため、世の人が「孔子倒れ」と呼んだと結んでいます。
『世俗諺文』や『源氏物語』の用例は、現存する『今昔物語集』の成立よりも早い時期に属します。そのため、『今昔物語集』の説話だけからことわざが生まれたのではなく、すでに知られていた表現と、孔子が盗跖に言い負かされた説話とが結び付きながら伝わったと考えるのが穏当です。
当初は、恋に迷う場面や、孔子が盗跖の前で平静を失った場面と結び付いていましたが、後には意味が広がりました。現在では、知恵や技術に優れた人であっても、ときには思いがけない失敗をするという、広い意味のことわざとして使われています。
「孔子の倒れ」の使い方




「孔子の倒れ」の例文
- 学年一の秀才が簡単な問題を取り違えるとは、まさに孔子の倒れだ。
- ベテランの料理人が塩と砂糖を取り違え、皆が孔子の倒れだと驚いた。
- 道案内が得意な父が旅先で道を間違え、家族は孔子の倒れだと顔を見合わせた。
- 優勝候補の選手が基本動作で失敗したのは、孔子の倒れというほかない。
- 経験豊かな議長が会議の日程を読み違えた一件は、孔子の倒れの例として語られた。
- 名人が大切な対局で初歩的な手を誤り、孔子の倒れという言葉を思い出した。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・Cambridge University Press『Cambridge Advanced Learner’s Dictionary & Thesaurus.』
・源為憲『世俗諺文』1007年。
・紫式部『源氏物語』11世紀初め成立。
・『今昔物語集』12世紀前半ごろ成立。
・『荘子』戦国時代末期から漢初にかけて成立。























