【故事成語】
郷原は徳の賊
【読み方】
きょうげんはとくのぞく
【意味】
道徳家を装って世間の評判を得ようとする者は、かえって本当の徳を損なう者であるということ。


【英語】
・A hypocrite is an enemy of virtue.(偽善者は徳を損なう者である)
【類義語】
・偽善(ぎぜん)
・八方美人(はっぽうびじん)
「郷原は徳の賊」の故事
「郷原は徳の賊」は、中国の古典『論語(ろんご)』「陽貨(ようか)」に出てくる孔子の言葉にもとづきます。原文には、「子曰、郷原、徳之賊也」とあり、日本では「子曰く、郷原は徳の賊なり」と読みます。孔子は、世間から善人と呼ばれる「郷原」を、徳を害する者だと言い切っています。
「郷原」の「郷」は、郷里や村を表します。「原」は「愿」と同じ字として用いられ、表面上は実直で穏やかに振る舞う者を指します。しかし、ここでいう郷原は、真に誠実な人物ではなく、善良を装い、周囲に気に入られようとする偽りの道徳家です。
『論語』のこの章は、「郷原は徳の賊なり」という短い一文だけで、その人物像を詳しく述べていません。その意味をさらに明らかにしているのが、戦国時代の儒家である孟子の言行をまとめた『孟子(もうし)』「尽心下(じんしんげ)」です。
『孟子』では、弟子の万章が、どのような人物を郷原というのかと尋ねます。孟子は、郷原が高い理想を語る者を「言葉と行いが合っていない」と笑い、信念を守って一人で行動する者を「なぜ世間から離れているのか」と非難すると述べています。郷原は、自分が生きる時代に合わせ、世間から善人と思われさえすればよいと考える人物なのです。
孟子は、そのような者を「閹然として世に媚ぶる者」と表しました。これは、自分の本心を深く隠し、世間の人々に気に入られるよう振る舞う者という意味です。正しいことを貫くよりも、周囲と衝突せず、誰からも悪く思われないことを優先します。
ところが、郷原には、はっきりと非難できる失敗や悪事がなかなかありません。世間の風潮に合わせ、忠実で信頼できる人物のように振る舞い、清廉な人物のように行動するため、多くの人が好感をもち、本人も自分を正しいと思い込みます。しかし、その内側には、正しいと信じる道を守ろうとする強い意志がありません。
孔子が郷原を、単なる「徳のない者」ではなく「徳の賊」と呼んだ理由は、偽りの徳が本物の徳とよく似ているからです。『孟子』では、苗に似た雑草が苗を乱し、巧みな言葉が真実の言葉を乱し、紫色が正しい朱色を乱すのと同じように、郷原は徳に似た姿で本当の徳を乱すと説いています。
分かりやすい悪人であれば、人は警戒できます。しかし、郷原は礼儀正しく、穏やかで、世間からも善人と認められています。そのため、人々が善人らしい外見を本当の徳と取り違え、正しいことのために信念を貫く人物を、かえって融通の利かない者として退けるおそれがあります。ここに、徳そのものを内側から損なう危険があります。
日本では、「郷原」という言葉が『寸鉄録(すんてつろく)』(1606年・江戸時代初期)に出てきます。そこには、「よくほめられちそうせられんとおもふは、郷原とて、いちだん聖人のいやがるるものぞ」とあり、人から褒められ、よい評判を得ようとする者として、郷原を戒めています。
江戸時代中期の儒学者である荻生徂徠も、『論語徴(ろんごちょう)』(1737年刊)でこの一節を論じました。徂徠は、郷原を、徳のある人物に似ていながら、実際には徳のある人物ではなく、真に徳を備えた者を見分けにくくし、その働きを妨げる存在だと捉えています。
このように、「郷原は徳の賊」は、単に愛想のよい人や穏やかな人を否定する言葉ではありません。正しいかどうかを考えず、世間の評判だけを求めて善人らしく振る舞うことは、本当の徳の意味を曖昧にし、かえって道徳を損なうという厳しい戒めです。
「郷原は徳の賊」の使い方




「郷原は徳の賊」の例文
- 先生は、いじめを見て見ぬふりする態度を、郷原は徳の賊と戒めた。
- 皆に調子を合わせて不正を止めない委員長には、郷原は徳の賊という言葉が当てはまる。
- 会社の問題を隠して評判だけを守る管理職は、郷原は徳の賊と批判された。
- 耳ざわりのよい言葉で支持を集めるだけの人物を見て、祖父は郷原は徳の賊だと言った。
- 郷原は徳の賊は、善人らしい振る舞いと本当の徳とを区別する大切さを教える。
- 周囲に褒められることより正しい行いを選ぶべきだと、郷原は徳の賊から学んだ。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・『論語』。
・『孟子』。
・『寸鉄録』1606年。
・荻生徂徠『論語徴』1737年。























