【ことわざ】
聞くは法楽
【読み方】
きくはほうらく
【意味】
聞くだけなら無料なのだから、せっかくなら聞いていくとよい、と人に勧めること。


【類義語】
・見るは法楽(みるはほうらく)
「聞くは法楽」の語源・由来
「聞くは法楽」は、「聞く」と「法楽」から成ることわざです。「聞く」は、音や声を耳に受けること、また話を情報として受け入れることを表します。
「法楽(ほうらく)」は、もとは仏教に関わる言葉です。仏の教えを信じ受ける喜び、また読経(どきょう)や奏楽(そうがく)などによって神仏を楽しませることを表します。
その後、「法楽」は神仏に奉納する和歌、連歌、俳句、芸能などにも広がりました。さらに、慰み、楽しみ、遊び、娯楽を表す意味にも用いられるようになりました。
「法楽」には、見世物などを無料で見せること、つまり「ただ」という意味も生まれました。仏や神へ手向ける芸能や興行を、人々にも自由に見せたことが、この意味の広がりと結びついています。
この流れから、「聞くは法楽」は、聞くだけならお金はかからないのだから、聞いていくとよい、という勧めの言葉として使われるようになりました。ここでの「法楽」は、仏教上の喜びだけでなく、無料で楽しめるものという意味を帯びています。
古い用例として、談義本(だんぎぼん)の『古朽木(ふるくちき)』があります。『古朽木』は、朋誠堂喜三二作、恋川春町画による五巻の本で、1780年、江戸時代中期に刊行されました。
談義本は、江戸時代中期に流行した読み物の一種です。世の中の風俗や人々のふるまいを、説教めいた語り口や滑稽な表現で描くことが多く、町人文化の中で親しまれました。
『古朽木』にこのことわざが出てくることは、「聞くは法楽」が江戸時代の人々の生活感覚に根ざした言い方であったことを示しています。仏教や社寺の場に関わる「法楽」という言葉が、日常の勧め言葉として使われるようになっていたのです。
近い表現に「見るは法楽」があります。こちらは、ものを見ることは楽しみであること、また見て楽しむだけならただであることを表し、「法楽」が慰みや楽しみ、無料の見物と結びついている点で「聞くは法楽」とよく似ています。
ただし、「聞くは法楽」は、何でも聞けばよいという意味ではありません。話や音楽などを聞く機会があり、それが無料で気軽に楽しめるとき、相手に「聞いていきなさい」とすすめる言葉です。
現在では、店先の演奏、地域の講演、学校の説明会、昔話や落語の会など、聞くだけなら負担がなく、聞いて楽しめる場面に使えます。お金を払ってまで参加するか迷う場合ではなく、ただで聞けるから気軽に聞いていく、というところに、このことわざの意味があります。
「聞くは法楽」の使い方




「聞くは法楽」の例文
- 駅前広場で無料の演奏会が始まり、聞くは法楽とばかりに多くの人が足を止めた。
- 地域の昔話を語る会は入場料がいらないので、聞くは法楽と思って参加した。
- 店員は新商品の説明をして、聞くは法楽ですから少しだけでもどうぞと客に声をかけた。
- 公園の落語会は無料だったため、通りかかった人々が聞くは法楽と笑いながら集まった。
- 公開講座の案内を見た父は、聞くは法楽だから一度聞いてみようと言った。
- 文化祭の音楽発表は自由に聞けるので、聞くは法楽と友人を誘って体育館へ向かった。
主な参考文献
・集英社辞典編集部編『会話で使えることわざ辞典』集英社、1989年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・朋誠堂喜三二『古朽木』西村傳兵衞、1780年。























