【ことわざ】
綺麗な花は山に咲く
【読み方】
きれいなはなはやまにさく
【意味】
本当によいものや価値のあるものは、かえって人の目につかないところにあるというたとえ。


「綺麗な花は山に咲く」の語源・由来
「綺麗な花は山に咲く」は、庭先で多くの人に眺められる花よりも、人の手が加わらない野山に咲く花のほうが美しいという見方から生まれたことわざです。人目から離れた山に、美しい花がひっそりと咲く情景を、まだ広く知られていない優れた人や物に重ねています。
ここでいう「山」は、高い山頂だけに限りません。人が暮らす里や、よく手入れされた庭から離れた野山を広く指し、そこに自然のまま咲く花を表しています。「誰も見ていないから美しくない」のではなく、見る人が少なくても、美しいものは美しいという考えが、このことわざの土台にあります。
このことわざは、民俗学者の柳田国男が著した『なぞとことわざ』(1952年・昭和時代、柳田国男著)に、「きれいな花は山に咲く」と仮名で記されています。同書は、1946年に「謎と諺」という題で発表された文章をもとに、1952年に筑摩書房から刊行されました。
『なぞとことわざ』では、人々が毎日の暮らしを見つめ直し、それまで気づかなかった事柄を短い言葉で表すようになった流れの中で、このことわざを挙げています。その前後には、「野菊も咲くまではたゞの草」「よい花は後から」「名のない星は宵に出る」などが並んでいます。
「野菊も咲くまではたゞの草」は、花が開く前には、その美しさや価値に気づかれにくいことを表します。「名のない星は宵に出る」も、名高くなくても光るものがあることを思わせます。「きれいな花は山に咲く」も同じ並びに置かれ、世間で目立っているかどうかだけで、人や物の値打ちを決めてはならないという考えにつながっています。これは、前後に並ぶことわざから読み取れる意味です。
柳田国男は、ことわざには作者の名が伝わらず、土地の暮らしの中で生まれ、多くの人に覚えられて残ったものが少なくないと述べています。「綺麗な花は山に咲く」も、特定の人物の逸話や一つの出来事から生まれたのではなく、自然を見つめる人々の経験から育った言い方と考えられます。
古く記された形は「きれいな花は山に咲く」ですが、現在では「綺麗な花は山に咲く」や「奇麗な花は山に咲く」とも書きます。「綺麗」と「奇麗」は、どちらも「きれい」と読み、美しいさまを表す表記です。ことわざの意味は、どの表記を用いても変わりません。
庭の花は多くの人が目にするため、その美しさがすぐに知られます。一方、山奥の花は、そこまで足を運んだ人にしか見つけられません。この違いから、「知られていないものには価値がない」と思い込まず、自分の目で探し、確かめることの大切さを伝えることわざとして使われるようになりました。
このように、「綺麗な花は山に咲く」は、名声や評判と、本当の価値とは、必ずしも一致しないことを表します。目立つものだけに心を奪われず、まだ人に知られていない人材、作品、技術、土地などにも目を向けるよう促す言葉です。
「綺麗な花は山に咲く」の使い方




「綺麗な花は山に咲く」の例文
- 小さな町工場で生まれた優れた技術を知り、綺麗な花は山に咲くという言葉を思い出した。
- 無名の画家が残した一枚に心を奪われ、綺麗な花は山に咲くとはこのことだと思った。
- 観光案内には載っていない静かな入り江こそ、綺麗な花は山に咲くという言葉にふさわしい場所だった。
- 目立たない生徒の丁寧な研究が高く評価され、綺麗な花は山に咲くことを皆が知った。
- 路地裏の小さな店で見つけた菓子のおいしさに、綺麗な花は山に咲くものだと感心した。
- 世間に知られていない人材を探し出すには、綺麗な花は山に咲くという見方が欠かせない。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・集英社辞典編集部編『会話で使えることわざ辞典』集英社、1989年。
・柳田国男『なぞとことわざ』筑摩書房、1952年。
・柳田国男『定本 柳田國男集 新装版 第21巻』筑摩書房、1970年。























