【故事成語】
老いたる馬は道を忘れず
【読み方】
おいたるうまはみちをわすれず
【意味】
年を取った馬が通い慣れた道を忘れないように、経験を積んだ人は物事の判断を誤らないというたとえ。また、長く仕えた家から受けた恩を後々まで忘れない意にも用いる。


【英語】
・an old hand(経験豊かで、その事に慣れている人)
・know the ropes(仕事や活動のやり方をよく知っている)
【類義語】
・老馬の智(ろうばのち)
・一日の長(いちじつのちょう)
【対義語】
・暗中模索(あんちゅうもさく)
・五里霧中(ごりむちゅう)
「老いたる馬は道を忘れず」の故事
「老いたる馬は道を忘れず」は、中国の古典『韓非子(かんぴし)』「説林上(ぜいりんじょう)」に出てくる「老馬之智」の故事にもとづく表現です。『韓非子』は、戦国時代の法家の思想を伝える書物で、政治や判断のあり方を短い話を通して説く部分を多く含んでいます。
もとの話には、春秋時代の斉(せい)の政治家である管仲(かんちゅう)と、同じく斉に仕えた隰朋(しゅうほう)が出てきます。二人は斉の桓公(かんこう)に従って孤竹(こちく)を討ちに行き、春に出発して冬に帰る途中で道に迷ってしまいました。
『韓非子』には、「管仲、隰朋從於桓公而伐孤竹,春往冬反,迷惑失道」とあります。これは、管仲と隰朋が桓公に従って孤竹を討ち、春に行って冬に帰ったため、道に迷ったという意味です。
そのとき管仲は、「老馬之智可用也」と言いました。これは、年を取った馬の知恵を用いることができる、という意味で、老馬なら通った道を覚えているだろうと考えた言葉です。
そこで人々は老馬を放ち、そのあとについて行きました。『韓非子』には「乃放老馬而隨之、遂得道」とあり、老馬を先に行かせて従ったところ、ついに道を見つけたと記されています。
この話で大切なのは、老馬を単なる年老いた馬としてではなく、長い経験をもつものとして扱っているところです。道をよく知る老馬の働きが、人間の経験や判断力を表すたとえになりました。
同じ話の続きでは、山の中で水がなくなったとき、隰朋が蟻のすみかを手がかりにして水を探します。『韓非子』は、管仲ほどの賢さや隰朋ほどの知恵があっても、知らないことがあれば老馬や蟻を師とすることをためらわなかった、と述べています。
そのため、「老いたる馬は道を忘れず」は、単に「年を取っているからえらい」という意味ではありません。長く経験を重ねた人や物には、若い人にはまだ分からない知恵がある、という考えを表します。
日本語では、「老たる馬は路を忘れず」「老いたる馬は路を忘れず」「老いたる馬は道を忘れず」など、少し違う形で使われてきました。「道」と「路」はどちらも「みち」と読み、老馬が覚えている通り道を表しています。
古い用例として、『平家物語(へいけものがたり)』(13世紀前半成立、鎌倉時代)の巻九に、「雪は野原をうづめども、老たる馬ぞ道はしる」とあります。雪で野原が埋もれても、老いた馬は道を知っている、という形で、経験あるものの知恵を示す表現として用いられています。
この用例では、実際の道を知る馬の姿が、迷う人を導く力として表されています。そこから、人生や仕事の道筋についても、経験を積んだ人は誤りにくい、という意味へ広がりました。
また、「老馬の智」という形でも同じ故事を表します。「老馬の智」は、経験を積んだ者の知恵を尊重すべきことをいう表現で、「老いたる馬は道を忘れず」と同じ話から生まれた近い言い方です。
中国語では、この故事が「老馬識途」という成語にまとまりました。「老馬識途」は、老馬が通った道を知っていることから、経験のある人は事情に詳しく、仕事をうまく進めやすいことをたとえる言葉です。
現在の「老いたる馬は道を忘れず」は、経験豊かな人の意見を尊重する場面で使うのがふさわしい故事成語です。迷ったときに、長い経験から得た知恵を軽く見ず、必要なときには学ぶ姿勢を持つことの大切さを伝えています。
「老いたる馬は道を忘れず」の使い方




「老いたる馬は道を忘れず」の例文
- 古い町並みの案内では、地元で長く暮らす祖父の説明が役に立ち、老いたる馬は道を忘れずと感じた。
- 機械の調子が悪いとき、長年工場で働いた人がすぐ原因を見つけ、老いたる馬は道を忘れずを実感した。
- 初めての大会運営で迷ったとき、前の委員長の助言に救われ、老いたる馬は道を忘れずと思った。
- 旅先で道に迷ったが、その土地をよく知る運転手の判断で宿に着き、老いたる馬は道を忘れずという言葉が浮かんだ。
- 会社の新しい企画でも、昔からの取引を知る先輩の知恵は大きく、老いたる馬は道を忘れずと言える。
- 長く世話になった店への恩を忘れず通い続ける姿にも、老いたる馬は道を忘れずという言葉が合う。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・三省堂編修所編『三省堂 故事ことわざ・慣用句辞典 第二版』三省堂、2010年。
・國家教育研究院編『教育部《成語典》2020 進階版』2020年。
・韓非『韓非子』戦国時代。
・Oxford University Press『Oxford Advanced Learner’s Dictionary』。
・Cambridge University Press『Cambridge Advanced Learner’s Dictionary & Thesaurus』。























