【故事成語】
己に克ち礼に復る
【読み方】
おのれにかちれいにかえる
【意味】
自分の欲望やわがままな心に打ち勝ち、人として守るべき礼や道徳に立ち返ること。


【英語】
・subdue oneself and return to propriety(自分を抑え、礼に立ち返る)
【類義語】
・克己復礼(こっきふくれい)
「己に克ち礼に復る」の故事
「己に克ち礼に復る」は、中国の古典『論語(ろんご)』「顔淵(がんえん)」篇に出てくる孔子の言葉です。『論語』は、中国・春秋時代の思想家である孔子の言葉や、弟子たちとの問答を、孔子の死後、弟子の系統がまとめた言行録です。
孔子の弟子である顔淵が、「仁とは何でしょうか」と尋ねました。「仁」は、人を思いやり、人として正しく生きるための根本となる徳を表します。この問いに対して、孔子は「克己復禮爲仁」、すなわち「己に克ちて礼に復るを仁と為す」と答えました。
「己に克つ」とは、自分自身を敵として打ち負かすことではありません。怒りや欲望、身勝手な考えなどに心を支配されず、自分で自分を慎むことを表します。「礼に復る」とは、単にお辞儀や挨拶をすることではなく、人との関係を整える礼儀や、行動の規範に立ち返ることです。
孔子は続けて、たとえ一日でも己に克って礼に立ち返れば、天下の人々がその仁を認めるようになると述べました。そして、仁を実践できるかどうかは自分自身にかかっており、他人にしてもらうものではないと説いています。
顔淵は、さらに具体的な実践方法を尋ねました。すると孔子は、礼に外れるものを見ず、礼に外れるものを聞かず、礼に外れることを言わず、礼に外れる行動をしないように、と教えました。目や耳、言葉、行動のすべてを自ら正すことが、「己に克ち礼に復る」の実践となります。
この言葉の解釈には、時代による違いがあります。古い注釈では、「克己」を、自分の身を慎んで行動を礼に合わせることと解しました。また、欲望と礼が心の中で争うとき、礼によって欲望に打ち勝つことだという解釈も示されています。
南宋の儒学者である朱熹(しゅき)は、『四書章句集注(ししょしょうくしっちゅう)』の中で、「己」を自分の内にある私欲、「礼」を人が従うべき道理の整った形と解しました。そのため、「克己復礼」は、私欲に打ち勝って礼に戻れば、人が本来もつ仁の徳が十分に表れるという、修養の教えとして理解されるようになりました。
日本では、江戸時代中期の談義本『世間万病回春(せけんまんびょうかいしゅん)』(1771年、世北山人著)に、「克己復礼とはおのれに克て礼にかへれといふ事也」とあります。漢文の「克己復礼」を、当時の日本語で「自分に打ち勝って礼に立ち返れ」と説き明かした用例です。
日本語では、「克己復礼」を「己に克ちて礼に復る」と読み下し、「己に克ち礼に復る」とも言います。四字の形では自制と礼節を表す言葉として、読み下した形では孔子の教えを直接語る表現として、受け継がれてきました。
つまり、「己に克ち礼に復る」は、ただ欲望を我慢するだけの教えではありません。腹を立てたときにも相手を傷つける言葉を避け、自分の利益だけを求めたくなったときにも周囲への配慮を忘れず、自らの意思で正しい振る舞いを選ぶことを説いた言葉です。仁の実践は、まず自分の心と行動を整えるところから始まるのです。
「己に克ち礼に復る」の使い方




「己に克ち礼に復る」の例文
- 代表選挙に敗れた彼は、己に克ち礼に復るの教えを胸に、選ばれた相手へ拍手を送った。
- 反論したい気持ちを抑え、相手の説明を最後まで聞く姿勢は、己に克ち礼に復るの実践である。
- 腹を立てても乱暴な言葉を避けるところに、己に克ち礼に復るの心が表れる。
- 選手たちは判定への不満をこらえ、己に克ち礼に復るを合言葉に礼正しく試合を終えた。
- 公の立場にある者ほど、私情を抑える己に克ち礼に復るの姿勢が求められる。
- 家族との口論で言い返す前に一呼吸置くことも、己に克ち礼に復るための小さな一歩となる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・飯間浩明編『四字熟語を知る辞典』小学館、2018年。
・『論語』
・朱熹『四書章句集注』南宋。
・世北山人『世間万病回春』1771年。
・James Legge, The Chinese Classics, Volume I: Confucian Analects, the Great Learning, and the Doctrine of the Mean, Trübner & Co., 1861.























