【ことわざ】
親も親なり子も子なり
【読み方】
おやもおやなりこもこなり
【意味】
親も立派で、その子もまた立派であるということ。また、文脈によっては、親子がそろってよくない場合にもいう。


【英語】
・Like father, like son(父親と息子はよく似るものだ)
【類義語】
・この親にしてこの子あり(このおやにしてこのこあり)
【対義語】
・親は親、子は子(おやはおや、こはこ)
「親も親なり子も子なり」の語源・由来
「親も親なり子も子なり」は、「親も親である」「子も子である」と、親と子を同じ形で並べた言い方です。「なり」は、現在の「だ」「です」に当たる文語の助動詞で、「親もまことに親らしい人物であり、子もまた子らしい人物である」という意味を強く表します。
古い用例は、『武者合天狗俳諧』(1797年・江戸時代後期、傀儡子編、曲亭馬琴序・評)に出てきます。この作品は、武将などを題材とする句を左右に並べて評したもので、蔦屋から刊行されました。
その中の「孤子」という題では、楠木正成の長男で、父の遺志を継いで戦った楠正行を詠んだ句が取り上げられています。句に続く評には、「親も おやなり。子も子也と たれか賞翫なさゞらめやは」とあります。
ここでの「親」は楠木正成を、「子」は楠正行を指します。「親も立派な親であり、子も立派な子である。だれがこの親子をほめずにいられようか」という趣旨で、父と子の双方をたたえる言葉として使われています。現在の「親も立派だが、その子も立派である」という意味に、そのままつながる用例です。
古い本文では、前半を「親もおやなり」、後半を「子も子也」と表記しています。同じ言葉を繰り返すことで、親には親としての立派さがあり、子にもそれに劣らない立派さがあることを、調子よく印象づけています。後には表記が整えられ、「親も親なり子も子なり」という一続きの形で用いられるようになりました。
岡谷繁実の『名将言行録(めいしょうげんこうろく)』(1869年・明治2年)にも、「親も親なり、子も子なりと言て、大に感せり」という用例があります。ここでも、親と子の双方の言動に深く感心する言い方として使われており、この表現が、親子をそろって評価する言葉として受け継がれていたことが分かります。
一方、親子がともによくない場合にも、皮肉や非難を込めて使うことがあります。ただし、現在では、悪事を働く親子を非難するときには、「親が親なら子も子」という形が広く用いられます。「親も親なり子も子なり」は、本来の古い用例では親子をたたえる表現であり、悪い意味かよい意味かは、前後の文脈によって決まります。
類義語の「この親にしてこの子あり」も、もとは、優れた父親がいてこそ立派な子が生まれるという褒め言葉でしたが、後には、悪い親子を非難する意味でも使われるようになりました。このように、親子の似た性質を表す言葉には、称賛と批判の両方へ意味が広がるものがあります。
「親も親なり子も子なり」は、親の立派な生き方を子が受け継いでいる場合や、親子がそろって優れた行いをした場合に用いると、このことわざの本来の意味がよく伝わります。批判の意味で使う場合には、どの行いを非難しているのかが分かるよう、前後の言葉で場面を明らかにすることが大切です。
「親も親なり子も子なり」の使い方




「親も親なり子も子なり」の例文
- 長年地域医療に尽くした父と、災害地へ進んで赴く娘の姿は、親も親なり子も子なりという言葉にふさわしい。
- 名工の父が丁寧な仕事を守り、跡を継いだ息子も一切手を抜かないのは、親も親なり子も子なりだ。
- 落とし物をすぐ交番へ届けた母子を見て、親も親なり子も子なりだと感心した。
- 社長が帳簿をごまかし、息子まで同じ不正に加わったのでは、悪い意味で親も親なり子も子なりだ。
- 父は毎朝公園を掃除し、娘も休日に花壇を手入れしており、まさに親も親なり子も子なりである。
- 親も親なり子も子なりと評された一家は、親子二代にわたって困っている人を支え続けた。
主な参考文献
・田中亨胤「英知としての諺・格言に潜在する教育視座(Ⅱ)―modeling & mirror-neuron―」『京都文教短期大学研究紀要』第57集、京都文教短期大学、2019年。
・傀儡子編、曲亭馬琴序・評『武者合天狗俳諧』蔦屋、1797年。
・岡谷繁実『名将言行録 巻之17・18』玉山堂、1869年。























