【故事成語】
頤を解く
【読み方】
おとがいをとく
【意味】
大きく口を開けて笑う。大笑いする。また、疑問が晴れて納得し、うなずく。


【英語】
・laugh one’s head off(大声でたくさん笑う)
【類義語】
・頤を外す(おとがいをはずす)
・頤を放つ(おとがいをはなつ)
「頤を解く」の故事
「頤」は、下あごを指す言葉です。「頤を解く」は、あごが外れるほど大きく口を開く姿を表し、そこから大声で笑うことを意味するようになりました。
この表現のもととなった言葉は、『漢書(かんじょ)』(後漢、80年ごろ成立、班固著)の巻八十一「匡衡伝」に出てきます。『漢書』は前漢の歴史を記した書物で、班固が編纂を進め、その死後、妹の班昭らが補って完成させました。
匡衡は、紀元前一世紀ごろの前漢に仕えた学者です。農家に生まれ、家が貧しかったため、人に雇われて働きながら学問に励み、とりわけ儒教の経典である『詩経(しきょう)』の研究に優れていました。
『漢書』には、当時の学者たちが匡衡について、「無説詩、匡鼎来。匡説詩、解人頤」と語ったとあります。後半の「匡説詩、解人頤」は、匡衡が『詩経』を説くと、人々の頤が解けるという意味です。
匡衡が語る『詩経』の話は、聞く人が思わず表情をゆるめるほど、生き生きとしていたのでしょう。「解人頤」という言葉は、匡衡の話が人々を笑わせ、顔をほころばせたという評判を、下あごがゆるむ姿によって表しています。
中国の原文では「人の頤を解く」と、匡衡の話が聞き手を笑わせる形になっています。日本語では、笑う人自身を主語とする「頤を解く」という形でも使われるようになり、大きく口を開けて笑うことを表す故事成語として定着しました。
日本では、平安時代後期に成立した『新猿楽記(しんさるがくき)』(1052年ごろ、藤原明衡著)に、「いまだその詞を出ださざるに、万人の頤を解く」とあります。芸人がまだ言葉を発しないうちから多くの人が大笑いするという場面で用いられ、中国の表現が日本の笑いの描写に取り入れられていたことが分かります。
同じく藤原明衡の『明衡往来(めいごうおうらい)』(11世紀成立、平安時代後期)にも、「都人士女之見者莫不解頤断腸」とあります。都でそれを見た男女は、頤を解かずにはいられなかったという趣旨で、人々が激しく笑う様子を漢文で表しています。
『宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)』(1213〜1221年ごろ成立、鎌倉時代初期)には、「諸人、おとがひをはなちてわらひたるに」とあります。ここでは「解く」ではなく「放つ」が使われていますが、下あごを大きく開いて笑うという姿は共通しています。
その一方、『玉塵抄(ぎょくじんしょう)』(1563年・室町時代後期、惟高妙安著)には、「よう理がきこえて、人がうなづいてをとがいをといたぞ」とあります。この例では、道理がよく分かり、疑問が晴れてうなずいたという意味で使われています。
このように、「頤を解く」は、匡衡が『詩経』を説くと人々の表情がゆるんだという『漢書』の言葉から生まれました。日本では古くから、大笑いする意味を主として用いながら、表情のこわばりが解けて納得するという意味でも使われてきた故事成語です。
「頤を解く」の使い方

みんな最初は緊張して静かだったのに、一気に和やかになったよね。

あの瞬間、クラス全員が頤を解くという言葉の通りの表情になっていたと思うな。

難しい歴史の人物の話だったのに、すっかり身近に感じられるようになったよ。

次の授業でも、また面白いお話が聞けるといいな。
「頤を解く」の例文
- 落語家の巧みな語りに、客席の人々は頤を解いた。
- 友人の思いがけない失敗談を聞き、集まった仲間は頤を解いた。
- 祖父の身ぶりを交えた昔話は、いつも家族の頤を解く。
- その喜劇は、普段は無口な父まで頤を解かせた。
- 司会者の機転の利いた一言に、緊張していた会場も頤を解いた。
- 子どもたちの愛らしい寸劇を見て、来賓も思わず頤を解いた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・班固著、小竹武夫訳『漢書』全8巻、筑摩書房、1998年。
・藤原明衡『新猿楽記』1052年ごろ成立。
・藤原明衡『明衡往来』11世紀成立。
・『宇治拾遺物語』1213〜1221年ごろ成立。
・惟高妙安『玉塵抄』1563年。























