【ことわざ】
嘘も方便
【読み方】
うそもほうべん
【意味】
嘘は悪いことだが、よい結果を得るための手段として、時には必要になることもあるということ。


【英語】
・All truth is not always to be told(真実ならいつでも話せばよいわけではない)
・a white lie(人を傷つけないための小さな嘘)
【類義語】
・嘘をつかねば仏になれぬ(うそをつかねばほとけになれぬ)
・嘘も追従も世渡り(うそもついしょうもよわたり)
【対義語】
・嘘つきは泥棒の始まり(うそつきはどろぼうのはじまり)
「嘘も方便」の語源・由来
「嘘も方便」は、「嘘」と、仏教語の「方便」とが結びついたことわざです。「方便」は、もとは人を真実の教えへ導くために仮に用いる手段を指し、のちに広く、目的を達するための便宜上の手段という意味でも使われるようになりました。
「方便」は、サンスクリット語の upāya を訳した言葉です。仏教では、相手の力や性質に合わせて、真実へ近づけるために用いる巧みな手だてを意味します。
このことわざの背景には、仏教で嘘そのものをよいものとしない考えがあります。仏教の戒めには、みだりに偽りを言わないことが含まれますが、それでも相手を救い、よい方向へ導くためには、時と場合によって許される手だてがあるという考え方が、「嘘も方便」につながっています。
起源として有力なのは、『法華経(ほけきょう)』譬喩品(ひゆほん)に出てくる「三車火宅(さんしゃかたく)」のたとえです。『法華経』は大乗仏教の重要な経典で、正しくは『妙法蓮華経』といい、漢訳では鳩摩羅什訳がよく知られています。
『法華経』は、成立年代を一点に定めにくい経典ですが、初期大乗仏教の代表的な経典の一つです。日本でも古くから広く読まれ、天台宗や日蓮宗の根本経典として重んじられてきました。
「三車火宅」のたとえでは、火の燃えさかる家の中で、子どもたちが遊びに夢中になっています。長者は、危ないから外へ出るように呼びかけますが、子どもたちは火事の危険を理解せず、なかなか外へ出ようとしません。
そこで長者は、子どもたちが欲しがっていた羊車(ようしゃ)、鹿車(ろくしゃ)、牛車(ごしゃ)が門の外にあると告げます。子どもたちはそれにひかれて外へ出て、火の中から助かります。
外へ出た子どもたちに、長者は約束した三つの車ではなく、それよりもすばらしい大白牛車(だいびゃくごしゃ)を与えます。この話では、火宅は迷いや苦しみに満ちた世界を、長者は仏を、子どもたちは人々を表します。
このたとえの中で、長者の言葉は、文字どおりには約束と違います。しかし、その目的は、子どもたちを火事から救い、さらに大きな恵みを与えることにあります。そのため、この話は、人をだますための嘘ではなく、人を救うための巧みな手だてとして理解されてきました。
日本語の「嘘も方便」は、この仏教的な「方便」の意味を日常の言葉に移した表現です。つまり、嘘は本来よくないものだが、相手を助けたり、物事をよい方向へ進めたりするためなら、手段として必要になることもある、という考えを短く表しています。
古い用例として、人情本『春色玉襷』(1856〜57年ごろ・江戸時代末期)三には、「啌(ウソ)も方便(ハウベン)といふ事があらァ」とあります。この段階で、現在とほぼ同じ形の言い回しが、江戸時代末期の会話文の中に出てきます。
その後も、このことわざは、相手の気持ちや場面の成り行きを考えて、本当のことをそのまま言わない場合を表す言葉として使われてきました。用いるときは、どんな嘘でも許されるという意味ではなく、相手を思いやる目的があるかどうかが大切になります。
現在の「嘘も方便」は、正直さを軽んじる言葉ではありません。むしろ、真実をいつ、どのように伝えるかを考え、相手を傷つけずによい結果へ導こうとする場面で使うことわざです。
「嘘も方便」の使い方




「嘘も方便」の例文
- 祖母を心配させないために、父は嘘も方便と思って、検査結果を少し落ち着いた言い方で伝えた。
- 幼い弟が怖がらないように、母は嘘も方便で、注射はすぐ終わると明るく言った。
- 友人を励ますための言葉なら、嘘も方便として許される場合もある。
- 交渉を円滑に進めるためとはいえ、嘘も方便を都合よく使いすぎてはいけない。
- 相手を傷つけないための小さな配慮として、嘘も方便という考え方が役に立つことがある。
- 嘘も方便と言うが、自分の失敗をごまかす嘘まで正当化することはできない。
主な参考文献
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・浄土宗大辞典編纂実行委員会編集『新纂浄土宗大辞典』浄土宗、2016年。
・鳩摩羅什訳『妙法蓮華経』406年。
・Merriam-Webster『Merriam-Webster.com Dictionary』Merriam-Webster。























