【ことわざ】
商いは本にあり
【読み方】
あきないはもとにあり
【意味】
商売の成りゆきは、元手や資本の大きさに左右されやすいということ。商売では、もとになる金の力が大きいことをいう。


【英語】
・It takes money to make money.(利益を出すには、まずお金が要る。)
・Money makes money.(お金があるほど、さらにお金を生みやすい。)
【類義語】
・金が物を言う(かねがものをいう)
・地獄の沙汰も金次第(じごくのさたもかねしだい)
・仏の光より金の光(ほとけのひかりよりかねのひかり)
【対義語】
・知らぬ呉服商売より知った小糠商(しらぬごふくしょうばいよりしったこぬかあきない)
・餅は餅屋(もちはもちや)
・芸は道によって賢し(げいはみちによってかしこし)
「商いは本にあり」の語源・由来
このことわざの「本」は、本屋の本ではなく、「もと」と読む言葉です。ここでは、商売の土台になる金、つまり元手・資本という意味で使われています。
日本語ではかなり古くから、「本」に元金や資本の意味がありました。平安時代前期の『日本霊異記(にほんりょういき)』にも、利息に対する「本」の銭、つまりもとの金を表す例が伝わっています。
このため、「本」は、ただの「はじまり」や「根もと」だけでなく、商いや貸し借りの世界では、利を生むもとの金を指す言葉として早くから使われていたことが分かります。ことわざの「本」も、その流れの上にある語です。
江戸時代に入ると、商売に必要な金を表す言い方はさらに具体的になります。1689年(元禄2年・江戸時代前期)刊の『本朝桜陰比事(ほんちょうおういんひじ)』には、「商売のもとで」を取らせるという形で、元手という語がはっきり出てきます。
また、1702年(元禄15年・江戸時代前期)の『元祿大平記(げんろくおおへいき)』には、「本入」という言い方も見えます。これは元手として金を入れること、またその金そのものを指す語で、商いの世界で「もとになる金」がどれほど大事だったかをよく示しています。
こうした語の使われ方を見ると、このことわざは、特別にむずかしい理屈から生まれたものではありません。仕入れをするにも、店を広げるにも、人を雇うにも、運ぶにも、まず元手が要るという、商人の実感から出てきた教えだと考えるのが自然です。
その背景をよく伝える作品の一つが、1688年(貞享5年・江戸時代前期)刊の『日本永代蔵(にっぽんえいたいぐら)』です。この作品は、町人がどうやって富を築くかを描いた書物として知られ、元手を持たない商人にとって致富がどれほど難しいか、という問題が繰り返し語られる作品として論じられています。
つまり、「商いは本にあり」は、商売の良し悪しを何でも金だけで決める乱暴な言葉というより、現実の商売では資本の差がそのまま品ぞろえ、値段、持ちこたえる力の差になりやすい、と言い切った言葉なのです。大きな資本を持つ相手に小さな元手で対抗する難しさまで含んでいます。
ことわざの形としてはとても短いですが、意味は重いものがあります。「商い」は売り買いそのものを指し、「本」はその土台になる金を指します。したがって、全体では「商売は、その土台となる資本にかかっている」という、きわめて実際的な言い回しになります。
このことわざそのものは、近年のことばではなく、ことわざ辞典やことわざ集に独立した項目として立てられてきました。そうした受けつがれ方からも、これは一時の言い回しではなく、商人社会の経験がまとまって定着したことわざだといえます。
由来を一つの出来事に結びつけるよりも、「本」が元手を表す古い言い方であったこと、そして江戸時代の商業社会で元手の重みが強く意識されていたこと、この二つが重なって、このことわざが育ったと見るのがいちばん分かりやすいです。短いことばですが、商いの現実をまっすぐ言い表した一句といえるでしょう。
「商いは本にあり」の使い方




「商いは本にあり」の例文
- 新しく店を出したが、広告費も仕入れ代も足りず、商いは本にありを思い知らされた。
- 大きな会社が安い値段で商品を大量に出せるのを見ると、商いは本にありということばが浮かぶ。
- 祭りの屋台でも、最初の材料を多くそろえた店ほど、売れ行きが安定しやすく、商いは本にありと言える。
- 元手の少ない友人は、注文が増えても材料を十分に買えず、商いは本にありの難しさを感じていた。
- 同じ仕事を始めても、運転資金に余裕のある会社のほうが長く持ちこたえやすく、商いは本にありである。
- 商店街の小さな店が大型店と値下げ競争をする苦しさには、商いは本にありという現実があらわれている。























