【ことわざ】
あちら立てればこちらが立たぬ
【読み方】
あちらたてればこちらがたたぬ
【意味】
一方によいようにすると、もう一方には不都合になり、両方を同時に満足させるのが難しいこと。


【英語】
・You can’t please everyone.(すべての人を満足させることはできない)
【類義語】
・痛し痒し(いたしかゆし)
・両方立てれば身が立たぬ(りょうほうたてればみがたたぬ)
・出船によい風は入り船に悪い(でふねによいかぜはいりふねにわるい)
【対義語】
・一石二鳥(いっせきにちょう)
・一挙両得(いっきょりょうとく)
「あちら立てればこちらが立たぬ」の語源・由来
「あちら立てればこちらが立たぬ」は、「あちら」と「こちら」という向かい合う言葉を用いて、二つの立場が同時には保ちにくいことを表すことわざです。「あちら」は、話し手や聞き手から離れた場所・方向・人を指す言葉であり、「こちら」は、自分に近い場所・自分・自分の近くにいる人を指す言葉です。このことわざでは、実際の方角ではなく、対立する二つの側、または二つの人間関係を表します。
ここでの「立てる」は、柱や建物を立てるという意味だけではありません。「顔を立てる」は、その人の名誉や面目(めんぼく)が保たれるようにすることを表し、「面目が立つ」も名誉が保たれることを表します。また、「立場」は、その人の地位や状況、面目を含む意味を持ちます。したがって「あちらを立てる」とは、あちら側の立場や面目を保つことであり、「こちらが立たぬ」とは、こちら側の立場や面目が保てなくなることを意味します。
この表現には、「あなた立てればこなた立たぬ」という同じ趣旨の別形もあります。「あなた」は古くは「あちら」に近い側を、「こなた」は「こちら」に近い側を指す言葉として用いられました。時代が下るにつれて、日常的に分かりやすい「あちら」「こちら」の形が広く用いられるようになり、現代では「あちら立てればこちらが立たぬ」という形で定着しています。
明治時代の用例としては、三代目春風亭柳枝による落語『白木屋』(1891年・明治時代)にこのことわざの例が伝わります。また、藤井乙男『俗諺論 全』(1906年・明治時代、藤井乙男著)には、「あちら立つれば、こちらが立たぬ。」という形が出てきます。「立つれば」という言い方は今の「立てれば」と少し形が違いますが、片方を成り立たせると、もう片方が成り立たないという中心の意味は同じです。
昭和時代の田河水泡『のらくろ自叙伝』(1976年)にも、「あちら立てればこちらが立たず、両方立てれば身が立たず」という使い方が出てきます。ここでは、どちらを選んでも誰かの顔をつぶしてしまい、両方に気を配ろうとすると自分まで苦しい立場になる、という悩ましさがよく表れています。
このように「あちら立てればこちらが立たぬ」は、特定の一つの物語を語る言葉ではなく、人と人との関係の中で生まれた処世のことわざです。片方の希望や体面を大事にすれば、もう片方の希望や体面が傷つくことがあります。そのため、現在でも、家族、友人、仕事、地域の集まりなどで、どちらにもよい顔をしにくい場面を言い表すときに使われます。
「あちら立てればこちらが立たぬ」の使い方




「あちら立てればこちらが立たぬ」の例文
- 委員会の予算を運動会に回すと図書館企画が苦しくなり、あちら立てればこちらが立たぬ判断になった。
- 祖父母の家に行く日を決めるだけでも、父方と母方の予定が重なり、あちら立てればこちらが立たぬ状態だった。
- 友人二人が同じ日に別々の発表会へ招いてくれたので、あちら立てればこちらが立たぬと悩んだ。
- 会社の新しい制度は、社員の働きやすさを重んじると費用が増え、あちら立てればこちらが立たぬ問題を抱えていた。
- 地域の祭りで出店の場所を決めるとき、商店街と自治会の希望がぶつかり、あちら立てればこちらが立たぬ話し合いになった。
- 兄の希望を優先すると妹が不満を持ち、妹の希望を優先すると兄が落ち込むため、母はあちら立てればこちらが立たぬと感じた。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会編『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年。
・藤井乙男『俗諺論 全』冨山房、1906年。
・田河水泡『のらくろ自叙伝』光人社、1976年。























