【故事成語】
家に諫むる子あれば、其の家必ず正し
【読み方】
いえにいさむるこあれば、そのいえかならずただし
【意味】
父が道理に背く行いをしようとしても、それをいさめる子がいれば、その家は正しく安泰に保たれるということ。


「家に諫むる子あれば、其の家必ず正し」の故事
この言葉のもとには、中国の儒教経典である『孝経(こうきょう)』の教えがあります。『孝経』は、戦国時代末期に成立した一巻の書物で、孔子が曾子(そうし)に「孝」について説き聞かせる形をとり、親を大切にする道を、人としての徳の根本として述べています。
その「諫争章(かんそうしょう)」で、曾子は孔子に、子が父の命令に従うことを孝と呼んでよいのかと尋ねます。孔子は、ただ従えばよいのではないと答え、天子にはいさめる臣下が必要であり、父にはいさめる子が必要であると説きます。そこには、「父有爭子、則身不陷於不義」とあり、父に過ちをいさめる子がいれば、父は正しくない行いに陥らずにすむ、という意味を表しています。
ここで大切なのは、子が父に逆らうことを勧めているのではないという点です。父が道に外れた行いをしようとするとき、黙って従うのではなく、父が誤りに陥らないように言葉を尽くして正すことこそ、親を思う行いであると示しているのです。
もとの『孝経』では、父自身が「不義(ふぎ:人として正しくない行い)」に陥らないことが説かれています。日本語の「家に諫むる子あれば、其の家必ず正し」という形では、その考えが、父一人の身の正しさから、家全体が正しく保たれることへと広げられています。親の誤りを正す子の存在が、家の安泰につながるという教えとして受け取られたのです。
日本での古い用例は、『平家物語(へいけものがたり)』(13世紀前半ごろ成立、鎌倉時代前期、作者未詳)巻第二に出てきます。そこでは、平重盛(たいらのしげもり)が、父の平清盛(たいらのきよもり)が後白河法皇(ごしらかわほうおう)に害を及ぼそうとするのをいさめた場面の後に、「家に諫る子あれば其家必ずただし」と述べられ、重盛の行いが、父を正しい道に引き戻そうとする孝行としてたたえられています。
この場面で、重盛は父への情を失ったからいさめたのではありません。父が主君に背く行いへ進めば、父自身も家も危うくなるため、父のため、家のため、そして世の中のために止めようとしました。中国の教えが、日本の物語の中で、親を守るためにあえていさめる子の姿として、具体的に描かれたのです。
さらに、『太平記(たいへいき)』(14世紀後半成立、南北朝時代、作者未詳)巻三十五には、「家に諫(カン)子有れば其の家必ず正し」という形が出てきます。「諫むる子」という言い方に加えて、「諫子(かんし)」という、親の過失をいさめる子を指す短い表現も用いられるようになり、この教えが中世の日本で繰り返し語られていたことがうかがえます。
こうして、この言葉は、親にただ従うだけが孝行なのではなく、親が誤った道へ進もうとするときには、子が誠実にいさめることもまた、家を守る大切な務めである、という意味で伝わってきました。家族だからこそ、耳の痛いことも正しく伝える人が必要であるという教えを表す故事成語です。
「家に諫むる子あれば、其の家必ず正し」の使い方




「家に諫むる子あれば、其の家必ず正し」の例文
- 父が店の売上げをごまかそうとしたとき、娘は家に諫むる子あれば、其の家必ず正しの思いで、正しく記録するよう求めた。
- 町内会のお金を私用に回そうとした父を息子が止めた姿は、まさに家に諫むる子あれば、其の家必ず正しであった。
- 家業を守るため、後継ぎの青年は家に諫むる子あれば、其の家必ず正しと心に決め、父の不正な取引に反対した。
- 父が事故の責任を隠そうとするのを子がいさめたことは、家に諫むる子あれば、其の家必ず正しを思わせる行いであった。
- 古くから続く商家では、家に諫むる子あれば、其の家必ず正しを家訓として、身内の誤りにも目をつぶらなかった。
- 祖母は、父に謝罪を勧めた孫を見て、家に諫むる子あれば、其の家必ず正しという言葉どおりだと語った。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・『孝経』戦国時代末期成立。
・『平家物語』13世紀前半ごろ成立。
・『太平記』14世紀後半成立。























