【慣用句】
頤で蠅を追う
【読み方】
おとがいではえをおう
【意味】
空腹や体力の消耗などで、体がひどく衰え、手で蠅を追い払う力もないほど元気がない様子。


【英語】
・as weak as a kitten(子猫のように弱々しい、ひどく衰弱した)
・too weak to move(動くこともできないほど弱っている)
【類義語】
・顎で蠅を追う(あごではえをおう)
・疲労困憊(ひろうこんぱい)
・精も根も尽き果てる(せいもこんもつきはてる)
【対義語】
・意気軒昂(いきけんこう)
「頤で蠅を追う」の語源・由来
「頤で蠅を追う」の「頤」は、下あご、またはあごを指す言葉です。古くは「おとがひ」と表記され、下あごを表す代表的な語として使われてきました。
「蠅」は、人のまわりを飛んだり、体にとまったりする身近な虫です。この慣用句では、体に寄ってきた蠅を手で追い払うことさえできないほど、人が弱っている様子をたとえています。
もとの発想は、寝たままで手を動かす気力もなく、ようやくあごだけを動かして蠅を追い払う姿にあります。そこから、空腹や体力の消耗などで、体が衰弱して元気のない様子を表す言い方になりました。
古い用例として、『虎明本狂言』の「鍋八撥(なべやつばち)」に、この表現が出てきます。『虎明本』は、江戸時代前期の1642年に大蔵虎明が書写した大蔵流の狂言台本で、狂言の古い姿を伝える重要な資料です。
「鍋八撥」は、鍋売りと羯鼓(かっこ)売りが、一軒の店をめぐって争う狂言です。市場のにぎわいや商人同士の口げんかを通して、中世から近世にかけての生活感をよく伝える曲です。
その用例には、「おとがひで、はいをおはせられうかと存る」とあります。これは、食べ物がなければ、下あごで蠅を追うほど弱ってしまうでしょう、という趣旨の言い方です。
この古い形では、「蠅」を「はい」と読む形も示されています。現在の読み方では「はえ」が一般的で、見出しの読みも「おとがいではえをおう」となっています。
後には、「顎で蠅を追う」という言い方も広まりました。「顎で蠅を追う」は、手で蠅を追うこともできないほど力が衰えた様子を表し、「頤で蠅を追う」と同じ意味で使われます。
「顎で蠅を追う」の古い用例には、1779年・江戸時代中期の雑俳集『柳多留』一四にある「あごで蠅追ふやうな馬常世持」があります。『柳多留』は、明和二年、すなわち1765年の初篇から、天保九年、すなわち1838年まで続いた川柳風狂句集です。
このように、古くは「頤」という語を用いた形があり、後には分かりやすい「顎」を用いた形も使われました。どちらも、手を動かせないほど衰えた姿をもとにして、ひどい衰弱や元気のなさを表しています。
現在では、実際に蠅を追う場面だけを指すのではありません。病後、極度の疲れ、空腹などで体力を失い、立ち上がることもつらいような状態を表す慣用句として用いられます。
「頤で蠅を追う」の使い方




「頤で蠅を追う」の例文
- 病み上がりの祖父は、頤で蠅を追うように力なく寝ていた。
- 丸一日何も食べずに歩き回り、彼は頤で蠅を追うほど弱っていた。
- 徹夜続きの作業で、兄は頤で蠅を追うような顔をして帰ってきた。
- 炎天下で長時間働いたあと、作業員たちは頤で蠅を追うほど疲れきっていた。
- 高熱が続いた弟は、頤で蠅を追うように布団から起き上がれなかった。
- 食事も休息も取らずにいると、頤で蠅を追うような状態になってしまう。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・白川静著『字通 普及版』平凡社、2014年。
・笹野堅編『古本能狂言集』岩波書店、1943年。
・呉陵軒可有ほか編『誹風柳多留』1765〜1838年。
・Dictionary.com, 『Dictionary.com』。
・Collins Dictionaries, 『Collins English Dictionary』。























